◆ローマ教皇フランシスコに「直訴状」
高山:現状ではたしかに藤楓協会が国内の活動を独占し、国家予算も全部そこに流れている。そして今や、その予算を使うのが、彼らの「仕事」なんです。
もちろんそうした傾向は世界中どこにもあって、たとえばウクライナのハンセン病施設に予算が下りると、それが患者の10倍近くもいるケアする側のスタッフの食い扶持になっているから、患者や回復者にいなくなられちゃ困るんですよね。今やハンセン病は治せる病気だし、ほとんどの国では制圧が達成されつつあって、陽平さんが日本で活動しようにも患者がいないんです。今は新規患者が年間、1人いるかどうかで。もちろん入所者はまだおられますけど、天皇・皇后においでいただく以外に、藤楓協会がどんな活動をしているのか、実際のところはさっぱりわからなくて。
原:そうなんですか。
高山:たしかに悲劇を後世に伝える仕事は大事だし、終戦直後は左翼勢力に自治会が乗っ取っとられてもやむを得ない政治状況もあった。でも今なお家族までが集団訴訟に出るような行動を起こし、やれ国が差別をつくった、その罪を糾弾すると言って、国家賠償請求を延々とやっているのは、いかがなものかと。
原:僕も恥ずかしながら高山さんの本を読むまでは、陽平氏がここまで資金や人材を投入し、精力的に活動しているなんて、ほとんど知らなかったんですよ。ハンセン病の撲滅に生涯を捧げ、〈聖職者の出世主義は、ハンセン病のように穢れたものだ〉などと差別的発言をした(2013年6月)現ローマ教皇フランシスコに対しても発言撤回と謝罪を求める直訴状を真正面から出したりする日本人がいる事実をまったく知らなくて、要は「隠蔽」されてきたわけでしょう?
高山:なるほどね。そうかもしれない。
原:それこそある種、皇室の存在によって隠蔽されちゃった部分がある。
高山:まあね。構造的には、そうなりますかね。
原:つまり一種のイデオロギー化です。そして僕自身、まんまと騙されてきた。
その皇室自体も実は一枚岩ではなく、人によって認識や態度の温度差がかなりあるのに、全部一緒くたにされてしまう、ありとあらゆる隠蔽の構造に関して盲を啓いてくれたのが、この『宿命の戦記』じゃないかと。
高山:ああ。それは嬉しい言葉ですね。
原:つまり陽平氏のような人物の存在が隠蔽され、忘却されていて、高山さんもおっしゃったように、実はハンセン病患者自身の中にも、「自分を救ってくれるのは、もう皇室しかいない」とか、そういう見方がある。
その点では、ハンセン病資料館に所蔵されている北條民雄の日記。僕はあれを原文で読んだことがあります。「民衆から天皇を奪つたら後に何が残るか。何にも残りはしないのだ。彼等はこの言葉の中に自己の心の在り場所を求めやうとしてゐる。それは何千年かの間に築かれた偶像であるにしろ、しかし彼等はこの偶像によつて心の安定を得てゐるのだ。それは国家そのものの対する態度である。現在の彼等にとつてはこれのみが残された唯一の偶像なのだ」。実は川端康成が編集した『定本 北条民雄全集』下巻では、「天皇」と「偶像」が伏せ字になっています。全生園での患者の態度から、天皇が偶像として機能していることを冷静に分析したこの文章に、僕はものすごく感銘を受けたんです。でもそれはあくまで例外であって、大半の患者はその仁慈を心から有難がり、皇室側と患者側が至上の喜びを共有する、一種の共犯関係というかな。