原:もう1人挙げるとすれば、精神科医の神谷美恵子でしょう。彼女は長島愛生園に通っていて、実家のある兵庫県の芦屋を早朝に出て、東海道本線と山陽本線と赤穂線を乗り継ぎ、そこからまた船に乗って岡山県長島まで行く生活を、1957年から72年まで断続的に続けている。まだ橋ができる前だし、通勤時間が5時間あまりだったかな。

 そして患者と交流し、本もかなり出していますが、彼女は美智子皇后のカウンセラーでもあった。ということはハンセン病に関する具体的な情報が現皇后に伝えられたはずで、ハンセン病への関心という点ではたしかに貞明皇后と美智子皇后は共通する。現皇后は神谷美恵子からかなり影響を受けているはずです。

高山:たしかに美智子皇后は、神谷さんのことを大変尊敬していました。実際、あの2人は国内の施設を全部回ってもいますしね。

原:大学教授兼精神科医としての神谷美恵子の生活は無茶苦茶で、一方では西宮の神戸女学院や小平の津田塾で教え、他方では瀬戸内海の孤島まで行く。交通事情は当然今よりずっと悪く、よくあんな生活を続けられたなあと、僕は非常に感銘を受けました。彼女もクリスチャンですが、長島愛生園にそこまでコミットさせたのは、イエズス会の宣教師とか、それに近いような使命感だと思う。

◆国民の崇敬を強化するツール

高山:長島愛生園にはかつて『小島の春』を書いた医師・小川正子も勤めていて、彼女もクリスチャンですよね。彼女の本は大変なベストセラーになったし、映画もものすごくヒットした。ただ映画と原作は内容がかなり違っていて、小川正子は残された家族の痛みまで丁寧に、具体的に、内省的に書いていますよ。映画には描かれていません。

 ところで、彼女は41歳の若さで亡くなるっているんです、肺結核で。本を書く段階では入退院を繰り返している状態で、その作品『小島の春』を、光田健輔たちが無癩県運動拡大のために思いのままに利用していく。

 それをさらに裏で動かしていたのが、戦後は熊本の国立療養所・菊池恵楓園の園長になる内田守で、今で言うメディア戦略にしても実に巧妙にやった。つまり悲惨な癩の世界というものを、彼らを救う側の物語、つまりミッションを帯びた人間たちの崇高なドラマとして語り直すことで、奇しくも今、原さんがおっしゃった使命感の物語というものを、日本人のなかに感動的なかたちで植え付けていくわけです。

原:ということは、神谷美恵子もその戦略に利用された1人だと? 神谷は光田健輔を尊敬していたようですが。

高山:さあ、どうでしょうか。でも何に利用されるか、わかったもんじゃないですよ。

 天皇・皇后が水俣に行かれたとき、「真実に生きられる社会」と天皇がおっしゃったりする。これが安倍政権に対する批判ではないかと、メディアは書き立てたわけですけど、「でも、ホントにそうだよね~」って、国民はみんな納得しちゃうんですね。そういうところにこそ、天皇・皇后の「民衆と一体化した姿」というか、現代皇室の一種の理想像がメディアを通じてつくりあげられてきた場面もある。

原:ただ、陽平氏が国内では活動させてもらえず、皇室がそれを独占してきたことの「歪み」を、僕としてはやはり問題視しないわけにいかないんですよ。

 敗戦直後の時期というのは、皇室の存続にとっては最も危機の時代でしたが、国民レベルの天皇や皇室に対する崇拝の念はいささかも衰えなかった。なぜかといえば、たとえ明治になってつくられた天皇の政治的・軍事的な役割が敗戦とともに崩壊しても、儒教の「仁」と仏教の「慈悲」が一体となり、社会的弱者に仁慈を注ぐもう一つの役割は消えなかったからです。この役割は明治以降、主に皇后や女性皇族が担ってきましたが、戦後巡幸では天皇も病院や戦災孤児の施設などを積極的に回ったのです。皇太后同様、中にまでは入りませんでしたが、ハンセン病の施設も訪れています。

 このように、天皇が皇后化したことが皇室を存続させてきたし、あたかも皇室だけがハンセン病患者の救済を担っているかのような錯覚を、行き渡らせることにも繋がったんじゃないかと。つまり皇室はとくに国内の活動を独占することで、それを国民の崇敬を強化するためのツールとして利用し、結果的には見事成功したとも言えるわけです。

 もちろん僕は笹川陽平のような人物が、より普遍的かつ自由に活動するのが本来のあり方だと思う。それを国の内と外で分ける発想自体、不健全です。

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