国内

笹川陽平のハンセン病制圧活動を見えなくする「隠蔽の構造」

作家の高山文彦氏

 笹川陽平・日本財団会長のハンセン病制圧の旅に7年にわたって同行取材した『宿命の戦記 笹川陽平、ハンセン病制圧の記録』。著者・高山文彦氏と原武史・放送大学教授が「ハンセン病と皇室」について語り合う対談「人類史の暗黒に光を当てる──高山文彦『宿命の戦記』をめぐって」の第2回では、皇室が国内のハンセン病ケアを独占していった「歪み」が俎上に上がった。

 * * *
原:実は皇室もいろいろでしてね。先ほど話に出た高松宮夫妻は当時であっても、施設の前を通過だけした皇太后節子(貞明皇后)とは違う振る舞いをしている。皇太后が多磨全生園の前を通り過ぎた一日前に当たる1948(昭和23)年6月2日には、鹿児島県鹿屋市の星塚敬愛園を訪れ、白衣もマスクもつけずに患者の一人ひとりと握手を交わしています。

 当時は政府がまだ隔離政策をとって、ハンセン病は「うつる病気」だと喧伝していた時期でしょう? それをまったく無視して、自身の判断で至近距離まで行き、患者を直接励ましているんです。しかも当時は占領期だから、高松宮は摂政になる可能性もあったんですよ。

高山:ああ、そうか。

原:昭和天皇が仮に退位した場合は、皇太子は未成年ですから摂政を立てる必要が出てくる。その場合、次弟の秩父宮は当時結核で療養中だから、三男の高松宮が摂政になる可能性が高く、そのことは本人も当然知っていた。知っていながら、母親とはまったく違う態度を取っているわけです。

 高松宮は日記も残っているし、なかなかの人物なんです。時には昭和天皇にもズケズケ物を言い、猛烈に頭がキレた。逆にその賢さゆえにGHQから危険視されたくらいで、日本国憲法のもとになる新憲法草案のことも「君主制の否定だ」と批判したりしてね。

高山:太平洋戦争に関しても、彼は昭和天皇に「早くこんな戦いはやめろ」って言ってますよね。ものすごく強い言い方で。

原:そして結果的には高松宮が正しかった。戦死者の多くはサイパン陥落後に集中しています。その時点で彼の意見を聞いていれば、東京大空襲も沖縄戦も広島・長崎への原爆投下もなかったんです。ところが昭和天皇はどこかで一度勝たなければダメだと言って、弟を無視してしまうんですね。

高山:その判断には母・貞明皇后の影響もあったんでしょうか?

原:あったと思います。この三兄弟にはやはり母親との距離感の問題があって、昭和天皇はそれを最も意識せざるを得ない立場にあった。貞明皇后はとくに秩父宮を溺愛していたと言われますが、秩父宮自身はわりあい母親の言動を冷めた目で見ていて、さらに末っ子の高松宮の場合は、あ、この母親、何かおかしいぞという視線が、明らかに見て取れるんです。

高山:その母親の意向を、昭和天皇は「忖度」した部分があったと?

原:昭和天皇はその実、母親を恐れていたと思います。長男にはとくに祭祀に関して苦言を呈した貞明皇后も、結婚相手を自分が選んだ次男や三男には態度が甘く、長男夫婦が天皇・皇后となったあとも、秩父宮妃や高松宮妃とは大宮御所で頻繁に会っている。

 逆に妻たちも大宮御所に行くことで皇太后の近況を報告している。たとえば空襲が激化しつつあった1945(昭和20)年の1月、高松宮妃が帰ってきて、皇太后が「ドンナニ人ガ死ンデモ最後マデ生キテ神様ニ祈ル心デアル」と言っていると高松宮に報告しています。

高山:へえ~。

原:それを聞いた高松宮が驚愕する場面が彼の日記に全部書いてあります。その9日後には内大臣の木戸幸一も「戦争に対する大宮様〔皇太后〕の御心境」を「極めて機微なる問題」と日記に書いている。いかに宮中で重大な問題と認識されていたかがわかります。

 こうした点も含めて皇太后の責任が問われなければならないと思いますが、話をハンセン病に戻すと、患者自身が皇室を「聖」「浄」、自らを「卑」「賤」とする図式をそのまま受け入れてきたこともまた事実だと思う。社会のなかでつくられた「聖」「浄」と「卑」「賤」の関係そのものを問い直す必要があるのではないでしょうか。

 たとえば本書『宿命の戦記』の中に、笹川氏が口癖のように言う〈オートバイの前輪と後輪〉の話が出てきますが、彼はこの病気を医学的に撲滅することを前輪、患者への差別をなくすことを後輪に喩え、その2つが完全に達成される日まで自分は戦うと宣言している。とくに今日では病気そのものより、差別の問題の比重が大きくなっていて、ハンセン病というのはつくづく「社会的な病気」だと。

関連記事

トピックス

全米の注目を集めたドジャース・山本由伸と、愛犬のカルロス(左/時事通信フォト、右/Instagramより)
《ハイブラ好きとのギャップ》山本由伸の母・由美さん思いな素顔…愛犬・カルロスを「シェルターで一緒に購入」 大阪時代は2人で庶民派焼肉へ…「イライラしている姿を見たことがない “純粋”な人柄とは
NEWSポストセブン
各地でクマの被害が相次いでいる
JR東日本はクマとの衝突で71件の輸送障害 保線作業員はクマ撃退スプレーを携行、出没状況を踏まえて忌避剤を散布 貨物列車と衝突すれば首都圏の生活に大きな影響出るか
NEWSポストセブン
真美子さんの帰国予定は(時事通信フォト)
《年末か来春か…大谷翔平の帰国タイミング予測》真美子さんを日本で待つ「大切な存在」、WBCで久々の帰省の可能性も 
NEWSポストセブン
(写真/イメージマート)
《全国で被害多発》クマ騒動とコロナ騒動の共通点 “新しい恐怖”にどう立ち向かえばいいのか【石原壮一郎氏が解説】
NEWSポストセブン
シェントーン寺院を訪問された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月21日、撮影/横田紋子)
《ラオスご訪問で“お似合い”と絶賛の声》「すてきで何回もみちゃう」愛子さま、メンズライクなパンツスーツから一転 “定番色”ピンクの民族衣装をお召しに
NEWSポストセブン
”クマ研究の権威”である坪田敏男教授がインタビューに答えた
ことし“冬眠しないクマ”は増えるのか? 熊研究の権威・坪田敏男教授が語る“リアルなクマ分析”「エサが足りずイライラ状態になっている」
NEWSポストセブン
“ポケットイン”で話題になった劉勁松アジア局長(時事通信フォト)
“両手ポケットイン”中国外交官が「ニコニコ笑顔」で「握手のため自ら手を差し伸べた」“意外な相手”とは【日中局長会議の動画がアジアで波紋】
NEWSポストセブン
11月10日、金屏風の前で婚約会見を行った歌舞伎俳優の中村橋之助と元乃木坂46で女優の能條愛未
《中村橋之助&能條愛未が歌舞伎界で12年9か月ぶりの金屏風会見》三田寛子、藤原紀香、前田愛…一家を支える完璧で最強な“梨園の妻”たち
女性セブン
土曜プレミアムで放送される映画『テルマエ・ロマエ』
《一連の騒動の影響は?》フジテレビ特番枠『土曜プレミアム』に異変 かつての映画枠『ゴールデン洋画劇場』に回帰か、それとも苦渋の選択か 
NEWSポストセブン
インドネシア人のレインハルト・シナガ受刑者(グレーター・マンチェスター警察HPより)
「2年間で136人の被害者」「犯行中の映像が3TB押収」イギリス史上最悪の“レイプ犯”、 地獄の刑務所生活で暴力に遭い「本国送還」求める【殺人以外で異例の“終身刑”】
NEWSポストセブン
“マエケン”こと前田健太投手(Instagramより)
“関東球団は諦めた”去就が注目される前田健太投手が“心変わり”か…元女子アナ妻との「家族愛」と「活躍の機会」の狭間で
NEWSポストセブン
ラオスを公式訪問されている天皇皇后両陛下の長女・愛子さまラオス訪問(2025年11月18日、撮影/横田紋子)
《何もかもが美しく素晴らしい》愛子さま、ラオスでの晩餐会で魅せた着物姿に上がる絶賛の声 「菊」「橘」など縁起の良い柄で示された“親善”のお気持ち
NEWSポストセブン