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震災後原子力関連ツイート続けた東大教授が自らに課した制約

2018.07.22 07:00

 2011年3月、東日本大震災に伴う福島原発事故という未曽有の事態で、大活躍したのがツイッターだった

 2011年3月、東日本大震災に伴う福島原発事故という未曽有の事態で、大活躍したのがツイッターだった。

《Cs137が出す662keVのガンマ線を確認したという意味か.福島第一原子力発電所》

 震災から一夜明けてから、こうつぶやいたのは当時、東京大学大学院の物理専攻長だった早野龍五さん(現東京大学名誉教授)だ。彼はこのツイートをきっかけに、原子力関連のつぶやきで自身のタイムラインを埋め尽くした。

「もともと、ツイッターは学生や他の教授たちとのコミュニケーションツールとして使っていました。原発事故が起きた時もその延長で、自分で調べた内容をツイートしていたんです」(早野さん)

 原子力という目に見えない脅威を前に政治家たちは右往左往し、専門家も口をつぐんだ。そんな中で真摯に、批判を恐れず発信し続ける早野さんのツイートは多くの人に拡散された。

 震災前に二千数百人だったフォロワーは震災翌日に2万人を超え、1週間後には15万人になった。大学からは「混乱を招く可能性があるから黙ってくれ」と忠告されたが、聞く耳を持たなかった。

「最初から使命感があった訳ではありません。だけど、フォロワーが爆発的に増えたことや、『先生が東京にいる限り私も逃げません』というメッセージをもらったことから、『自分は科学者として何をできるのか』と考えるようになりました。もともと税金からいただいた研究費をいつか納税者に還元したいと思っていた。それが今なのかもしれないという気持ちから、できる限りの情報発信を続けました」(早野さん)

 実名での発言を重ねていた早野さんは社会的影響力の強さを自覚して、いくつかの制約を自らに課した。

「まず注意したのは、事実に基づくことだけを発信すること。情報源を明示して、誰でもニュースソースを辿ることができるようにしたり、新聞やテレビがツイッターで流すニュースをリツイートする時は、見出しだけでなく必ず中身を確認することを心がけるようにしたり。また、SNSは所詮ヴァーチャルの世界で人と人が戦う場ではないことを意識し、失礼な言葉や攻撃的なツイートを避けて、批判や誹謗中傷には一切返事をしませんでした。感情に流されそうになった時は、“一息入れてからのツイート”を肝に銘じるようにしました」(早野さん)

 もう1つ胸に刻んだのは、「早野龍五という人間を伝えること」だった。

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