「ちょっと見てよ、ここ」──取材中、的場文男(61)は不意に立ち上がり、ズボンを下ろした。左膝の内側に大きな傷がある。記録更新まであと9勝と迫った6月15日に落馬し、後続馬に踏まれたところだ。
「蹄にえぐられて骨が見えてさ。ほかの部位から肉を移植するのかと思っていたら、医者はそのまま皮を引っ張って縫っちゃった。驚いたねえ」
地方競馬通算最多勝記録の7152勝を挙げようとしている「大井の帝王」は、20針も縫った大怪我を、話のタネにして笑い飛ばす。
騎手生活45年。日本の競馬史上最多となる、4万回以上のレースに出場してきた。年間300勝以上していた40代ほど多くはないが、還暦を迎えた一昨年は130勝、昨年は131勝を挙げている。
「60代で毎年100勝している騎手は、世界的にも他にいないでしょう。この年齢になったら普通は落ちぶれるんです。それは、騎乗を依頼してくる調教師のほうが年下になるから。調教師は『先生、ありがとうございます』と言われたいから若い騎手を使いたがる。それでも俺を起用してくれる調教師には、勝って応えようと頑張る。すると『的場は結果を出すから』と、また乗せてくれる。ありがたいね」
抜群のスタート技術と、序盤から先行する迷いのないレース運び、そして「的場ダンス」と呼ばれる、馬上で舞うような追い方で馬を動かし、勝ちつづける。
衰えを感じることはあるかと質問すると「あまりないなあ」と即答。若い頃と変わったところは「以前ほどがむしゃらじゃなくなったことかな」と笑う。アンチエイジングのためにしているのはマッサージぐらいだという。