核兵器を極限(オーバーキル)にまで増やし合い、一発も撃てない核抑止効果が実現できた。MADによる「逆説の平和」である。
事実、戦後七十年余、それまでの二度の大戦とちがって、世界中を巻き込む大国間戦争は起きていない。起きたのは、朝鮮戦争、ベトナム戦争など、あくまでも地域的な「代理戦争」である。
ああ、しかし、この語ってはいけない真実を、朝日新聞が啓発記事にするようになったのか。
私自身、核均衡理論の重要性に気づいたのは三十年近い前だ。文章化したのは、その少し後だろう。一九九六年刊の中沢啓治『はだしのゲン』(中央公論社版)の解説ではこれに言及している。どうもこれは大変に勇気のいる発言だったらしいと、最近になって知った。
私は『ゲン』の解説中、こんなことを述べている。『ゲン』の中に一貫して流れる原爆への原初的恐怖と怒りこそこの作品の大きな価値であり、また、これは核均衡論の重要な基盤でもある、と。もし、核兵器の威力が大したものでないと誤解されていたら、すぐに核の撃ち合いが始まるからだ。
かつて支那では毛沢東が核兵器は張り子の虎であると主張していた。見掛け倒しだと言う。我が支那には八億の民がいる、一億や二億が核で死んでも脅威ではない、という暴論である。こういうMADにはMAD理論は有効ではない。前記の朝日の啓発記事にも「米国と旧ソ連」とだけ書いてある。