芸能

ドラマ『この世界の片隅に』が斬新でチャレンジングな理由

民放の連続ドラマとしては異色の魅力(公式HPより)

 原作をもとにしたドラマにおいても、制作陣の意志は明確に作品に反映される。ドラマウォッチを続ける作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏がこの夏の話題作について指摘する。

 * * *
 ドラマ『この世界の片隅に』(TBS系日曜午後9時)の原作は130万部を突破したこうの史代の漫画。また2016年に公開された劇場版アニメ(監督・片渕須直)もロングランし200万人超が鑑賞する大ヒット。と、大きな反響を呼んだこの作品を、この夏敢えて「テレビドラマ化する」挑戦に大きな注目が集まりました。

 ドラマのヒロイン・北條すずを松本穂香、夫・周作を松坂桃李が演じ、広島・呉にて昭和を生きた庶民の姿が描かれていく。これが、民放の連続ドラマとしては異色の魅力を放っています。それは例えばこんな点に現れています。

 役者は声を大きく張らない。セリフは日常的な会話のトーン。エピソードは過剰にならず、大半はささやかなことをめぐって回っていく。たとえば井戸の水、かまどにくべる薪、配給の餅、穴のあいた靴下……効果音、激しいBGMはなし。背後は静か。物語の進む速度は、ゆっくり。めまぐるしいカメラの切り替えはなし。撮影はスタンダードサイズを多用し、広角レンズなどあまり使わない。

 今どきのドラマとしては、たしかに異色。はっきりと意図しなければ、こうはならない。つい展開の速度も出てしまうしエピソードも刺激的になってしまうはず。

 物語はすでに第5話に進み……時は第二次世界大戦のただ中です。しかし、だからといって、戦争によって全ての生活が影響されるわけではなく、夕食を作ったり風呂を焚いたりといった暮らしもまた続いている。ドラマは「8月の広島=原爆と敗戦」といった、お定まりのテーマ主義を静かに拒絶しているかのようです。日々に軸足を置くという強い意志のようなものが伝わってきます。

「日常」というかたまりを一枚一枚丁寧にスライスし、そこに現れる風景を捉えていく。

「どんなばあいにも、理念よりはむしろひとつの衣服のひだのほうが、永遠である」(ヴァルター・ベンヤミン)という哲学者の言葉を想起させるように。教科書に「記録されなかった」歴史のディテイルを、一つ一つ立ち上がらせようとするかのように。本物のスライスオブライフ。

 そう、戦争というテーマはこのドラマの背景ではあっても中心「ではない」。そんな哲学に支えられたスタンスが堅持されています。

 しかし、今後の展開はおそらく「異物」としての戦争が大きな影を落としていくでしょう。なぜか。それが昭和20年の呉の「日常」の姿そのものだから。

 11日放送の第5話では、すずの兄は戦死し遺骨として戻ってきました。また、軍艦に乗っていた初恋の相手の水原哲(村上虹郎)は呉に上陸した折、すずの元を訪ねてきます。次に出航したらもう生きて帰ってはこられないから。

 死を前にした水原は、格段愛国主義を叫ぶでもなく、時代の要請のまま戦争に行く若者の一人として運命を受け入れている。しかし、恋心を抱いてきた幼なじみにもう会えないという切なさは隠しようもなく、瑞々しい青年水兵の抑えた演技の中に、哀しみがぽっかりと浮かび上がってくる。

 一方、すずの夫・周作は、敢えて自分の妻と水原を納屋の2階にあげ、最後の一夜を共に過ごさせます。そこにもまた、「日常」の陰影があります。いくら死を目前にした兵隊とはいえ2人を一室で過ごさせるという行為は、夫として明らかにねじれた行為のはず。おそらく周作の意識の背後には、自分が遊郭の女・リン(二階堂ふみ)と相愛であったこと、それを妻に隠してきた後ろめたさが見え隠れしています。

関連記事

トピックス

ロッカールームの写真が公開された(時事通信フォト)
「かわいらしいグミ」「透明の白いボックス」大谷翔平が公開したロッカールームに映り込んでいた“ふたつの異物”の正体
NEWSポストセブン
大谷と真美子さんの「冬のホーム」が観光地化の危機
《白パーカー私服姿とは異なり…》真美子さんが1年ぶりにレッドカーペット登場、注目される“ラグジュアリーなパンツドレス姿”【大谷翔平がオールスターゲーム出場】
NEWSポストセブン
和久井被告が法廷で“ブチギレ罵声”
【懲役15年】「ぶん殴ってでも返金させる」「そんなに刺した感触もなかった…」キャバクラ店経営女性をメッタ刺しにした和久井学被告、法廷で「後悔の念」見せず【新宿タワマン殺人・判決】
NEWSポストセブン
初の海外公務を行う予定の愛子さま(写真/共同通信社 )
愛子さま、初の海外公務で11月にラオスへ、王室文化が浸透しているヨーロッパ諸国ではなく、アジアの内陸国が選ばれた理由 雅子さまにも通じる国際貢献への思い 
女性セブン
几帳面な字で獄中での生活や宇都宮氏への感謝を綴った、りりちゃんからの手紙
《深層レポート》「私人間やめたい」頂き女子りりちゃん、獄中からの手紙 足しげく面会に通う母親が明かした現在の様子
女性セブン
“マエケン”こと前田健太投手(Instagramより)
《ママとパパはあなたを支える…》前田健太投手、別々で暮らす元女子アナ妻は夫の地元で地上120メートルの絶景バックに「ラグジュアリーな誕生日会の夜」
NEWSポストセブン
グリーンの縞柄のワンピースをお召しになった紀子さま(7月3日撮影、時事通信フォト)
《佳子さまと同じブランドでは?》紀子さま、万博で着用された“縞柄ワンピ”に専門家は「ウエストの部分が…」別物だと指摘【軍地彩弓のファッションNEWS】
NEWSポストセブン
和久井学被告が抱えていた恐ろしいほどの“復讐心”
「プラトニックな関係ならいいよ」和久井被告(52)が告白したキャバクラ経営被害女性からの“返答” 月収20〜30万円、実家暮らしの被告人が「結婚を疑わなかった理由」【新宿タワマン殺人・公判】
NEWSポストセブン
山下市郎容疑者(41)はなぜ凶行に走ったのか。その背景には男の”暴力性”や”執着心”があった
「あいつは俺の推し。あんな女、ほかにはいない」山下市郎容疑者の被害者への“ガチ恋”が強烈な殺意に変わった背景〈キレ癖、暴力性、執着心〉【浜松市ガールズバー刺殺】
NEWSポストセブン
英国の大学に通う中国人の留学生が性的暴行の罪で有罪に
「意識が朦朧とした女性が『STOP(やめて)』と抵抗して…」陪審員が涙した“英国史上最悪のレイプ犯の証拠動画”の存在《中国人留学生被告に終身刑言い渡し》
NEWSポストセブン
橋本環奈と中川大志が結婚へ
《橋本環奈と中川大志が結婚へ》破局説流れるなかでのプロポーズに「涙のYES」 “3億円マンション”で育んだ居心地の良い暮らし
NEWSポストセブン
10年に及ぶ山口組分裂抗争は終結したが…(司忍組長。時事通信フォト)
【全国のヤクザが司忍組長に暑中見舞い】六代目山口組が進める「平和共存外交」の全貌 抗争終結宣言も駅には多数の警官が厳重警戒
NEWSポストセブン