嗅覚の衰えは生活上の様々なトラブルを招く。冒頭の男性のように食材が腐っていても気づかずに食べると食中毒になるリスクがあるし、調理中などに鍋やフライパンの焦げ付きやガス漏れに気づかず、火事などにつながって逃げ遅れる可能性もある。多くのリスクを孕む嗅覚障害が厄介なのは、やはり、「自覚しにくい」ということだ。
「嗅覚障害は50歳を境に徐々に増加するといわれ、アメリカでは65~74歳の約2.7%、75歳以上の4.6%が嗅覚障害との報告があります。ただし、検査をするまで、自分に嗅覚障害があると気づがない人も多い」(大場氏)
それだけに、日常生活のなかでの“ほんの些細な違い”に敏感になることが大切だという。
「毎日食べている食材の香りや味がわかりづらくなったら、“気のせいか”と片付けないでほしい。いつもと同じ分量で淹れたコーヒーの匂いが何となく薄くなったり、味がしなくなったら、嗅覚障害を疑ってほしい」(塩田氏)
風邪や鼻炎を治す薬を飲んでも症状が改善しない場合はなおのこと、「脳に異変があるかもしれない」と考えたほうがよいだろう。また、「匂いがない」ことよりも、嗅覚障害による「味覚」の変化のほうが、わかりやすく顕在化することもある。
「とくに高齢になって匂いを感じる能力が低下すると、食べ物の旨味を連想する力が減退します。たとえば焼き魚の匂いを嗅いでも“美味しそうだ。食べたい”と思わず、実際に食べなくなる。老人ホームでは、嗅覚障害になった入居者の食欲がなくなり、食べ残しが増えるケースが見られます」(塩田氏)