五感の中でも命に関わる危険情報を察知する役割が低いように思える嗅覚だが、「脳との繋がり」は最も密接なのである。たとえば、“塩素系の匂いをかぐと小学校のプールの授業を思い出す”といったように、匂いから忘れていたはずの出来事や場面を鮮明に思い出すという経験をしたことがないだろうか。これは、香りと結びついた過去の記憶が、大脳皮質の“格納庫”から引き出されるからと考えられる。

 それゆえ、嗅覚が衰えていると、同時に記憶を呼び起こす機能も低下していると考えられるようになってきた。近年の研究では、認知症の初期症状はまず「匂い」に表われると指摘されているのだ。

「アルツハイマー型やレビー小体型の認知症では、最初に嗅覚機能に異常が生じて匂いがわからなくなってから、それに続いて物忘れなどの症状が出ると指摘されます。つまり、嗅覚機能の低下は、認知症発症の前触れの可能性がある」(塩田氏)

 2007年に発表された米ラッシュ大学医療センターによる研究の結果は、その可能性を示すものだった。同センターは54~90歳の男女589人に12種類の匂いを嗅ぎ分けるテストを行ない、その後、5年間の追跡調査をした。すると、12種類の香りのうち、8種類しか正解できなかった人は、11種類を嗅ぎ分けた人よりアルツハイマー型認知症を発症する率が5割高かったのだ。

 嗅覚機能の低下は、認知症以外の病気の「サイン」にもなる。

「中枢性嗅覚障害は、脳腫瘍や脳出血、脳梗塞などによっても引き起こされます。匂いを感じられなくなることは、脳の様々な病気を察知するバロメーターなのです」(慶友銀座クリニック院長の大場俊彦医師)

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