前著『終わった人』では63歳だった主人公の年齢に、さらに15歳積み上げたことが、より内館氏のメッセージを鮮明にした。
定年退職を迎えたとは言え、60代はまだまだ体力もあり、新しい挑戦をできる世代だ。趣味で時間をつぶせるし、選ばなければ仕事もある。それが、後期高齢者となる75歳に差しかかると一気に“仕事の幅”が狭まる。
「実際に、ハローワークで年代別の求職を確認してみたんです。60代はすぐに見つかったけど、70~80代になるとぐっと減る。体は元気で、頭もハッキリしてるのに、とても生きにくい時代なんだということを再確認しました。ただ、たとえ現場復帰がもうできない時期だとしても、やっぱりもっと楽しく生きていくべきだろうと思いました。捨て鉢になるにはまだ早いと」
そう語る内館氏は、この作品をまとめるにあたって、カギとなる体験があったと振り返る。
「まだ作品が構想段階だった昨年春に、桜の花に見とれて転び、足を骨折したんです。ひどい怪我で、しばらくギプスをはめて車椅子の生活でした。その時にね、まあ不便なんですよ。外出しようにも誰かの手を借りなきゃいけないし、どこかお店に入ろうにも、車椅子OKだったり、店内に段差のないところじゃないと気後れしてしまって。外出しないから、服装にも化粧にも気を使わなくなっていきました。
自宅にいても、“前はこの階段をタンタンタンと上ったのに”とか“一人でどこにでも行けたのに”と以前の自分のことばかり考えるんです。それで、無気力感に襲われる。その時ふと気付いたんですよね、“ああ、これが後期高齢者の方が向き合う現実なんだ”って」
◆楽に生きるか、楽しく生きるか