たまに私は、自分の独演会を「朗読の日」にしてしまうことがあります。よく読んできたのは「忘れえぬ人々」、『日日是好日』、宮沢賢治の童話「虔十公園林」、そして尾股惣司さんの『鳶職のうた』【4】。これは戦後の八王子にまだ残っていた「義理と人情とやせ我慢」の職人の世界を職人自身が描いたエッセーで、40年以上前、NHKラジオの朗読番組でディレクターから渡されて朗読しました。
人の優しさがひしひしと伝わってきて、読み始めたら涙が止まらなくなっちゃった。ちぎって投げるような飾り気のない文章もいいんです。私は初めて自分の落語のレコード集を出したとき、この本を朗読した1枚も加えることを条件に了承しました。それくらい大事な本ですよ。
【1】『天皇の世紀』大佛次郎、1969年~1974年 文春文庫、全12巻 各巻本体752円~857円+税
【2】『日日是好日』森下典子、2002年 新潮文庫、本体550円+税
【3】「忘れえぬ人々」国木田独歩、1898年 新潮文庫『武蔵野』所収 本体520円+税
【4】『鳶職のうた』尾股惣司、1974年 丸ノ内出版、中古価格
※書籍データ中の刊行年は最初の単行本のもの。版元と価格は現在入手できるおもな版のもの。
●やなぎや・こさんじ/1939年東京都生まれ。高校卒業後、5代目柳家小さんに入門。1969年17人抜きで真打昇進、10代目柳家小三治襲名。2014年重要無形文化財保持者(人間国宝)認定。9月27日『十代目柳家小三治』(別冊太陽編集部編)が発売される。
※SAPIO2018年9・10月号