確かに、当時の報道を見る限り、警察手帳が残されていたという記述は見つからない。それが“もしかしたら真犯人だけが知っている話なのかも”と興味をかき立てているようなのだ。
それ以外の部分からも妙なリアリティが読み取れる。当時、日本では東大闘争や全共闘(全学共闘会議)などの学生運動が盛んだった。大学生だった「白田」はこう振り返る。
〈授業を受けようと教室に座っていれば、ヘタれた服の若者数名が演説をはじめる。キャンパスを歩けば視界の隅で暴徒集団が逮捕されている……。そんな光景はもはや日常でした〉
激しい時代だったと強調する一方、運動にかこつけた中途半端な学生の存在を生々しく描いている。
〈学生運動家と思われる若者たちがそこにはいました。思われる、と言ったのには理由があります。彼らはそれぞれテーブルをはさんで、カップルとして幸せそうに談笑し合っていたのです。(中略)実態は、単なる男女の出会いの場に過ぎなかったのでした〉
そうした日常風景を間に挟みながら、「白田」は犯行計画を立て、準備を進めていく。
事件当日の描写は緊迫感がある。思わぬトラブルも起きたと「白田」は書いている。