音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、橘家文蔵の聴き応えのある「大ネタ」についてお届けする。
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豪快かつ繊細な芸風で人気の橘家文蔵。長年「文左衛門」として親しまれた彼が三代目を襲名して丸2年、今ではすっかり文蔵の名が馴染んでいる。9月2日、神保町らくごカフェで文蔵がネタ下ろしを披露する「ザ・プレミアム文蔵」を観た。
1席目はネタ下ろしで長編『牡丹灯籠』から「お札はがし」。お露の幽霊に萩原新三郎が取り殺される有名な場面だ。文蔵はもともと怪談噺には興味がなかったが、「本当に怖いのは人間である」ということを描いていると気づき、怪談を面白いと思うようになったのだという。
地の語りで浪人の新三郎とそれを世話する伴蔵・お峰夫婦のプロフィールを丁寧に説明してから、伴蔵とお峰の会話へ。この夫婦の会話が実にリアルで面白く、ときに滑稽噺のテイストをも交えて笑いを呼ぶ。
その伴蔵の台詞の中で、新三郎とお露にまつわる「これまでの経緯」を手短に紹介するくだりは、聴き手に親切であると同時に、この夫婦は「お札をはがすと何が起こるか」を知っているのだと明らかにしておく、という伏線にもなっている。
特筆すべきはお峰の可愛さ。「幽霊が毎晩来る」と亭主に聞かされて「やだ、お化けキライ!」と怖がるトーンの「可愛さの中に滲む可笑しさ」は文蔵ならでは。そんな彼女が、一転してドライに(しかもあくまで可愛く)「じゃあ幽霊に百両もらいましょうよ」と言い出すあたりに「女の怖さ」が表現されている。そして、そんな「しっかり者で可愛い女房」に言いくるめられ、新三郎が殺されると知りながらお札をはがそうと決意する伴蔵の「男の弱さ」の描きかたも見事だ。