「素敵な家ですね」と言うと、思わぬ方向へ話題が及んだ。施工中、大工さんに「ミスしても、すぐに直さないで」とお願いしていたという。「ミスはおもしろい結果になることもある。おもしろかったら、そのまま残しておきたい」
なるほど、と思っていると、樹木さんは自分の顔を指さしながら、ニヤッとした。
「この顔もミスなの」
美人女優ではないから、映画界で長くやってこられたと言うのだ。大笑いした。
がんについての対談でも、樹木さんの人となりがわかる話がたくさん飛び出した。末期がんでも、大きな感動を受けたり、奇跡のようなすごい景色を見たりしたときなどに免疫力が活発になる。がんが消退することも、ごくごく稀にある。ぼくがそんな話をしたとき、樹木さんは「そういうこともあるでしょうけれど、私にはない」と断言した。
「なぜ、私にはないかというと、自分を信じ切れないから。素直に感動せずに、どこかに自分の心に疑いをもっている。疑うことなくスポンといくような人にはそういう変化があるだろうなと思います」
自分自身との距離感がちょうどいい人だと思った。自分を憐れむでもなく、あきらめるでもない。冷静に、自分自身を俯瞰している。
「役者は、役に陶酔してはだめ。俯瞰していることが大事」というのは、樹木さんの役者論だが、彼女の生き方にも通じるように思った。