警察ドラマではよく刑事と公安の確執が描かれるが、あれは現実なのだ。確執を生む原因は、守るものの違いにある。国民・市民の安心、安全を守るのが刑事であるが、公安は天下国家が第一、国家の安全を守るという大前提がある。
「懸命にやっても、何かあったら捜査員は切り捨てられる。歯車の1つだからね。国家のためにトカゲの尻尾切りさ。上から責任を取れってね。それが今の公安組織だ」
場合によっては政策や国の機関が絡んだり、国と国との関係がひっくり返る可能性すらある。天下国家を論じるばかりで、捜査員を守ってやらないのが公安なんだと彼は語気を強めた。
「刑事と公安は水と油さ。組織を一気に挙げるのが公安、1人を対象にして最終的に組織全部を挙げるのが刑事。捜査手法が違うんだから、絶対に合うわけがない。
公安は言われたことは忠実にやる。ここに30台車が並んでいるから調べろと言われれば、几帳面にくまなく調べて報告するが、なぜそこにそれがあるかは考えない。その差がある。俺たちだったら、そんなことやってられるかって言うし、なぜそこにそれがあるかを考えるが、やつらは考えなしだ。公安は情報を調べるやつ、その情報を吸い上げるやつ、吸い上げた情報をまとめて分析するやつと別れているからね。まるで軍隊みたいだろう」
元刑事は声を潜めた。
「作業と呼んでいる捜査の中には“工作”も含まれている。工作はある目的達成のための手段、方法、戦術などを表していてね。例えば、協力者にするためにあらゆる手を使うんだ。嫌いだね」
違いは他にもある。
「公安は捕まえた犯人が無罪になったとしても、組織に打撃を与えたという大義名分があるが、刑事は犯人を挙げて有罪にしなければ負け」
捜査手法も意識も大きく違う。公安にいた時は、この違いからいつもケンカになっていたという。だが、この手法が公安には必要だったのだ。
「公安は事件捜査に弱く、実践はダメだ。鑑識を呼ばず自分たちで現場の検証作業をやると言うが、手際は悪くやり方は古い。取り調べや裁判のための書類を作成できる人もいない。だから俺が呼ばれたんだ。
だがね、長居する所じゃない。やつらは自分をエリートだと思っているし、互いに秘密が多すぎる。同期で公安のやつらに、何をやっているのかと聞いても『うん』と答えただけだった。俺みたいに数年いただけなら言えるけど、純粋培養でどっぷり浸かっていれば何も言えない。辞めた今でも守秘義務厳守だ。暗いよな。人間が合わないよ」
刑事と公安は、やはり絶対に合わないのか…? 普段は仲が悪くても、オウム真理教の捜査の時だけはひとつにまとまったのだと話す人たちもいる。だが、元刑事は言う。
「あの時も全然ダメでした。こっちには上っ面の話だけあげておいて、中で公安部の連中だけでひそひそ話してるんだから。まとまりなんてしませんよ」
公安と刑事の確執は、どうやら外からでは計り知れないほど根深いものがあるらしい。