羽生結弦の満面の笑顔(共同通信社)

◆プルシェンコが、自分とニジンスキーを重ね合わせた理由

 では、次に、ニジンスキーとはどんなダンサーだったのか。

 20世紀初頭、興行師・ディアギレフが立ち上げたロシアバレエ団「バレエ・リュス」がヨーロッパを席巻していた。そのスター・ダンサーだったのがニジンスキーである。「飛んだまま降りてこない」といわれるほどのジャンプ力で見るものを圧倒し、これまでのバレエにはない動きを取り入れた振付師としても活躍した。ディアギレフとは一時恋人関係にあったものの、ニジンスキーの結婚後、二人は破局。29歳で精神を病むと、以後、二度と舞台に立つことは叶わなかった。鈴木氏がニジンスキーの“天才性”を解説する。

「彼はバレエダンサーとしても最高だったのですが、それだけではなく、振付師としても活躍しました。最初に振付けたのが『牧神の午後』です。このバレエ、ダンサーは一度も跳ばないんです。誰よりもジャンプ力に優れていたニジンスキーが、跳ばないバレエを作ったわけです。他にも、ダンサーは前を向かない、横顔しか見せないというきわめて前衛的なものでした。

 つまりニジンスキーは、自分がどうこうというよりも、バレエの前進を考えていた人だったんですね。芸術としてのバレエを進化させたいと考えていた。20世紀初頭はさまざまな芸術分野で前衛が花開いた時代ですが、ニジンスキーはバレエ界のピカソみたいな存在だったと思います」

 20世紀最高のバレエダンサーといわれるニジンスキー。彼に捧げるプログラムを滑ったプルシェンコについて、「ニジンスキーと自分を重ね合わせようという自意識があったのだと思う」と、鈴木氏はいう。

「プルシェンコはフィギュアスケーターという枠におさまらず、アーティストという意識が非常に強い人です。バレエを進化させようと考えたニジンスキーと同様、芸術としてのフィギュアスケートを進化させようという気持ちがあったのだろうと思います。そして、それは、4回転を追求したプルシェンコだからこそ、説得力がありますよね。ジャンプで世界一だけど、そこだけで勝負しているわけではないよ、ということです」

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