「私は浴衣一枚にスッピンで舞台に出てきて、四十五分かけて化粧をしながら若衆の姿になっていきます。ところが鏡がない。それでも、鏡を見ているように化粧をしていかないといけないんですよ。しかもおしろいを塗るのも、男になるのも初めて。それをセリフに絡めながら完成させないといけないので、最初は大変でしたよ。

 それから、舞台には誰もいないのに『いること』にしてずっと喋っている。いない人を相手に泣いたり喜んだりするのも初めてで。時々ね、物凄く空しくなっちゃったんです。『何をバカなことやってるんだろう。誰もいないじゃないの』って。そうしたら、それもセリフに採用されちゃったんですよね。演出の木村光一さんが稽古の時に相手役をやってくださったので、なんとか続けられました。

 あんなに上がらなかった初日前はないです。手順ばかりで上がる余裕がなかったんです。

 井上ひさしさんにしても、物凄い冒険だったと思います。本当にお客さんに信じてもらえるのか、『誰もいないのに何やってるんだ』と思われたら、この芝居はもう成り立ちませんから。

 初日に最後の芝居を終えたら物凄い拍手が聞こえたんです。私はくたびれてしまって、二階に楽屋があったんですけれども、這うように楽屋に帰りました。

 そこに井上さんが興奮してやってきて、『お客さんというのは凄いですね。すぐこの後を書きます』って。凄くありがたいことなんですが、私はどうなっちゃうんでしょうと思いました」

●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『すべての道は役者に通ず』(小学館)が発売中

■撮影/五十嵐美弥

※週刊ポスト2019年3月29日号

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