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2019.04.08 16:00  週刊ポスト

萩原健一さん 怒鳴られても謝罪に行くと胸襟開く度量あった

無頼派で知られた(共同通信社。1973年撮影)

 またひとり、“無頼の男”が逝った。3月26日、ショーケンこと萩原健一さん(享年68)が消化管腫瘍で亡くなった。17歳でグループサウンズ『ザ・テンプターズ』のボーカリストとしてデビューしたショーケンだが、彼の生きざまは、昨今のアイドル・俳優像とはおよそかけ離れたものだった。

 大麻不法所持での逮捕、飲酒運転による人身事故、写真週刊誌のカメラマンを暴行、映画プロデューサーを恐喝……。トラブルを繰り返しながら、それでいて仕事仲間やファンを惹きつけて止まない魅力があった。芸能リポーターの石川敏男氏が語る。

「記者にもよく怒鳴っていたけど、改めて謝罪に行くと、胸襟を開いて話してくれる度量があった。

 女性にも本当にモテましたね。映画『約束』に出演した際、主演の岸惠子さんは、年の差がありすぎてショーケンとの共演を嫌がっていた。その時、プロデューサーが『いっそ岸さんを口説け』といったら、1か月で本当にいい仲になっちゃってね。結果、男女の深い絆が伝わる素晴らしい映画になりました。

 彼は4回結婚したけど、2番目の妻のいしだあゆみさんは、『私が彼を救ってあげなきゃ』とよくいっていた。どこか放っておけない魅力があったのでしょう」

※週刊ポスト2019年4月19日号

交通事故についての記者会見で、頭を下げる萩原健一さん(2004年)

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