国内

地方消滅時代 生き残るのは「暴言市長」が話題のあの街か

明石市長に再選された泉房穂氏(時事通信フォト)

明石市長に再選された泉房穂氏(時事通信フォト)

 令和時代が始まった。平成の30年間で生じた社会の歪みをいかに解消するか。都会と地方の格差是正を考える上で、元外務省主任分析官の佐藤優氏と、慶應義塾大学教授の片山杜秀氏が注目するのは、兵庫県明石市である。「暴言市長」が話題となった自治体だ。2人の対談をお届けする。

 * * *
佐藤:ポスト平成の都市と地方という観点で、非常に興味深かったのが、兵庫県明石市の泉房穂市長の政策です。

片山:2019年2月に暴言問題(道路拡幅工事に伴うビル立ち退き交渉を巡って、市長が職員に「建物を燃やしてこい」と命じたとされる)で辞任し、4月に再び市長選に出て当選した市長ですね。

佐藤:そうです。泉市長は明石市で「ベーシック・サービス」を導入しました。「ベーシック・サービス」とは「ベーシック・インカム」に対抗して出てきた考え方で必要な人に必要なものをわたすサービスです。浸透すれば、ありとあらゆる町に子ども食堂があり、医療も介護も無料で受けられる。一見するといいことずくめに思われますが、極端な選択と集中も必要になる。

片山:何かを犠牲にした上での福祉面の充実だというわけですか。

佐藤:そうなんです。興味深いのは明石市では人口が増えていたこと。それも社会増、自然増ともに、です。

片山:具体的にはどんな政策を行っていたのですか?

佐藤:子育てに力を入れるために、道路や上下水道などのインフラ整備にかける経費を大幅に削り、子育てに振り分けたそうです。たとえば保育料は2人目から無料など2人以上子どもがいる世帯を手厚くサポートした。全小学校区に子ども食堂をつくり、大学生ボランティアが学習支援なども行う。

 保育士の給与も大幅に上げたので、近隣から優秀な保育士も集まってくるようになった。さらには行政として離婚後の子ども養育支援にも力を入れているから一人親世帯も留まることができる。

 その結果、ほかの自治体から明石市に住民が流入してくるようになったから、人口が増えていく。市長は徹底的な集中と選択で、工場誘致やインフラ整備などの公共事業に見切りをつけ、一方で明石市を生活の拠点にしようと考えた。

片山:子どもを育てるなら明石市に、というわけか。泉さんとはどんな人ですか?

佐藤:元民主党の衆議院議員です。東大卒で、司法修習の同期が橋下徹です。彼は子どもを自治体で育てるという考え方を持っているのだと思います。だから高齢者のコミュニティと子ども食堂を結びつけ、みんながみんなの顔を知っている町をつくろうとした。医療費は中学3年生まで無料です。ある意味、子どもを持つ親たちにとっては楽園のような町になっている。

片山:少子高齢化がさらに深刻になるポスト平成には明石市のようなやり方しかないのかもしれない。中間団体であるコミュニティの再生という点でも面白い。またそれは行政権が圧倒的に優位な地方自治体だからこそ、可能だったのでしょう。

佐藤:行政権の優位に加え、約30万人という規模と神戸のベッドタウンという地の利があったからだと思います。それに市長が国政を1期経験しているから国の仕組みを分かっていた。経済が低調だとは言っても都市部は法人税も入ってくるし、富裕層もいるわけですから。

片山:行政が出産や子育てを管理するというのは、ファシズム国家を連想させますね。強面の側面が出て来ないソフトファシズムとも表現すべきか。泉さんの強い牽引があってこそ、可能な改革だったのかもしれませんね。でもその強さが裏目に出て、いったんは辞任に追い込まれてしまったとも言えそうです。

*佐藤優・片山杜秀著『平成史』(文庫版)より一部抜粋。同書の刊行記念イベント「令和時代を生き抜くために」が6月24日に紀伊國屋ホールにて行われる。詳細はhttps://www.kinokuniya.co.jp/c/label/20190424103000.html

関連キーワード

関連記事

トピックス

遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
《ブログが主な収入源…》女優・遠野なぎこ、レギュラー番組“全滅”で悩んでいた「金銭苦」、1週間前に公表した「診断結果」「薬の処方」
NEWSポストセブン
京都祇園で横行するYouTuberによる“ビジネス”とは(左/YouTubeより、右/時事通信フォト)
《芸舞妓を自宅前までつきまとって動画を回して…》京都祇園で横行するYouTuberによる“ビジネス”「防犯ブザーを携帯する人も」複数の被害報告
NEWSポストセブン
由莉は愛子さまの自然体の笑顔を引き出していた(2021年11月、東京・千代田区/宮内庁提供)
愛子さま、愛犬「由莉」との別れ 7才から連れ添った“妹のような存在は登校困難時の良きサポート役、セラピー犬として小児病棟でも活動
女性セブン
インフルエンサーのアニー・ナイト(Instagramより)
海外の20代女性インフルエンサー「6時間で583人の男性と関係を持つ」企画で8600万円ゲット…ついに夢のマイホームを購入
NEWSポストセブン
ホストクラブや風俗店、飲食店のネオン看板がひしめく新宿歌舞伎町(イメージ、時事通信フォト)
《「歌舞伎町弁護士」のもとにやって来た相談者は「女風」のセラピスト》3か月でホストを諦めた男性に声を掛けた「紫色の靴を履いた男」
NEWSポストセブン
『帰れマンデー presents 全国大衆食堂グランプリ 豪華2時間SP』が月曜ではなく日曜に放送される(番組公式HPより)
番組表に異変?『帰れマンデー』『どうなの会』『バス旅』…曜日をまたいで“越境放送”が相次ぐ背景 
NEWSポストセブン
遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
《自宅から遺体見つかる》遠野なぎこ、近隣住民が明かす「部屋からなんとも言えない臭いが…」ヘルパーの訪問がきっかけで発見
NEWSポストセブン
2014年に結婚した2人(左・時事通信フォト)
《仲間由紀恵「妊活中の不倫報道」乗り越えた8年》双子の母となった妻の手料理に夫・田中哲司は“幸せ太り”、「子どもたちがうるさくてすみません」の家族旅行
NEWSポストセブン
詐称疑惑の渦中にある静岡県伊東市の田久保眞紀市長(左/Xより)
《大学時代は自由奔放》学歴詐称疑惑の田久保市長、地元住民が語る素顔「裏表がなくて、ひょうきんな方」「お母さんは『自由気ままな放蕩娘』と…」
NEWSポストセブン
大谷翔平(時事通信)と妊娠中の真美子さん(大谷のInstagramより)
《大谷翔平バースデー》真美子さんの“第一子につきっきり”生活を勇気づけている「強力な味方」、夫妻が迎える「家族の特別な儀式」
NEWSポストセブン
盟友である鈴木容疑者(左・時事通信)への想いを語ったマツコ
《オンカジ賭博で逮捕のフジ・鈴木容疑者》「善貴は本当の大バカ者よ」マツコ・デラックスが語った“盟友への想い”「借金返済できたと思ってた…」
NEWSポストセブン
米田
《チューハイ2本を万引きで逮捕された球界“レジェンド”が独占告白》「スリルがあったね」「棚に返せなかった…」米田哲也氏が明かした当日の心境
週刊ポスト