9世紀のバグダード(現イラク)で原型が成立したとされる『アラビアンナイト』を最初に西洋にもたらしたのはフランスの東洋学者アントワーヌ・ガランで、ガラン翻訳によるフランス語版第1巻が刊行されたのは1704年のこと。世界に伝播していったその後の展開は、日本におけるアラビアンナイト研究の第一人者である西尾哲夫氏の『世界史の中のアラビアンナイト』(NHK出版)に詳しい。

 同書には驚くべき事実がいくつも紹介されている。一例を挙げれば、ガランが入手したアラビア語写本の『アルフ・ライラ・ワ・ライラ(千一夜)』には、実のところ「アラジン」の話は記されていなかった。同書の翻訳ネタは7巻まで刊行したところで尽きていたというのだ。

 ガランは必ず続きがあり、遠からず入手できるはずと見込んでいたのだが、どうしても見つけることができずにいた。

 ガランも焦ったが、それ以上に焦ったのは出版元である。すでにヨーロッパ全土で好評を博し、12巻まで刊行すると大々的な宣伝をしていたこともあって、今さらやめるわけにはいかない。窮余の策として思いついたのは、ガランや他の東洋学者が収集した別の物語を『アラビアンナイト』の続きとして世に出すこと。

「アラジン」だけでなく、「アリババと40人の盗賊」「シンドバッドの冒険」も同様である。つまり、『アラビアンナイト』を代表する3つの話はどれもオリジナルにはない作品ということだ。それらが後世もっとも人気のある話になるとは、皮肉なことである。

 さらに言うなら、ガラン以降に翻訳を試みた者たちは押しなべてヨーロッパ人が東洋に抱くイメージに沿うよう大幅な書き換えを行なった。その最たる例が男女間の情愛場面で、本来はさらりと流すように記されていたものが、現在の官能小説さながら、非常に刺激的なものへと改められた。

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