スー:ナマコ信子。韻踏んでる。「中野信子は優秀だからそれができるんだ」って声は出ると思うけど、このモデルはどのサイズでも再現できる。女性こそナマコ的な働き方が向いてるのかも。だって男性に比べて体力がない人が多いし、妊娠・出産が可能ということは、生き物として脆弱な時期が一定期間あるってことだから。無駄に代謝しない働き方、戦略的には全然ありだと思います。
中野:ナマコやカメとか、海の生き物は結構そう。種を問わず、基本的に運動量が多いと短命になる。人間も同じで、多忙だと短命になる傾向があるという見解があります。だから経験を積んで自分の許容範囲が見えてきたら、その範囲内でやれる方法を考えていけばいい。メンタルを維持するために、たまにはちょっとの刺激があってもいいけど。
スー:中野さんはいつからそういうナマコな生き方を選択したの?
中野:以前は私も息を詰めて競争する生き方をしていたのよ。それをやめたのは、ポスドクが終わるとき。ニューロスピンにポスドクとして在籍していたのだけど、2年が過ぎた段階で「もうこれでやりたいことやったわ」と思えたのでスッパリやめました。それまではずっとここをゴールと定めたら思い切り息を詰めてやり遂げる、っていう生活をしていた。でもあとの人生はもうボーナスゲームみたいなものだから、ゾンビになって好きなことだけやろうと思ったの。実はその時点でパリでの次の仕事も決まってはいた。
それを捨てて日本に帰っちゃったから、周りの人からバカだバカだってさんざん言われましたね。でも私にとってその仕事はフランスにしがみつくだけの手段にも思えたし、旦那に会って一緒にいたいなという気持ちのほうが強くなったこともあって、今はそれを我慢するフェーズなのかな? と考えた結果、好きなほうを優先しました。今思えばあれが人生の大きなターニングポイントでしたね。外から見たら愚かな選択だと言われるんだろうけど、「別にそれが何?」っていう感じですね。
スー:ゴールは自分で設定していいんだよね。ゴールがわからないことが一番つらいもん。自分で決めないと、ゴール=他者からの期待、だと思っちゃうし。私の場合、人が決めたゴールって終わりが見えなくて怖いんだよな。次から次へと新しいのが出てくるから。
中野:私もずっと社会が決めたゴールみたいなものに一生懸命になっていたんだなと思う。でもある程度クリアしてしまって、もうこれ以上クリアするものがないなっていうときがきた。
34、35歳のとき。ただ、平均寿命からすると、人生がまだ50年くらい余っている。じゃあどうしようかって考えて、それまでの息を詰めて走り続けるような生活はもうやめようと思ったんだよね。
今やっているテレビの仕事が面白いのは、自分の知っている範囲内では絶対に会えない人に会えることなんです。そうすると、違うゲームが楽しめる。自分が持っている考えをどういう形にしてモディファイ(修正)したら伝わるかなとか、こういう風にすると私は満足するがみんながついてこないのか、とわかったりするのも面白い。そこから社会の仕組みもよく見えるような気がした。本を書くことも同じよね。コアなファンがついてくる本と、みんなに売れる本っていうのは違うんだなといった発見がある。今は海の中から人間の社会を観察しているみたいな感じがして、すごく心地いいですね。
スー:世間の中野信子像が固定しないようにしてるでしょ。最近じゃ本の帯に載っている写真も一冊ごとにイメージが違う。中野信子の顔はわかる。脳科学者だってこともわかる。だけど、つかみどころはない。