◆水商売の過去は、僕の家族も嫌がると思う
見えなくなっていたものの一つが、リサさんの過去の男性関係をかなり気にする、和也さんの性格だった。それがあらわになる事件が起きた。
金曜の夜だった。リサさんは和也さんとレストランで食事をし、もう一杯飲もうと入ったバーで、声をかけられた。
「リサちゃん! すごく久しぶりだなあ。元気? ますます美人になったねえ」
声の主を見て、リサさんは固まった。「どういう知り合い?」と和也さんに聞かれたとき、いつもならできる気の利いた返事ができず、いったんトイレに駆け込んだ。冷静になって、「転職する前の会社で知り合った人」とごまかしても、「本当? かなり親密そうだけど……僕、過去は気になるのできちんと聞きたい」と、詰めてくる。
結婚する相手なのだ、ここは正直に答えようと腹をくくった。
「昔働いていたお店のお客さんだと言いました。キャバクラで働いていたのは、もう10年以上も昔のことで、彼には言ってなかったけど、別に隠すつもりもなかったと。私の女子大はお金持ちの子が多かったけど、うちはそうではない。私は自分で欲しいものを買うために、アルバイトしていたのだと冷静に説明したのです」
和也さんは明らかに不機嫌になったが、その後はいつものように二人で和也さんの家に泊まり、その話は済んだものだと思っていた。
ところが、一週間後、和也さんから電話で別れたいと告げられた。驚いて理由を訊ねると、「水商売が気になる」と言われ、さらに驚いた。会って話を聞いたあと、リサさんの胸に去来したのは後悔か、失望か、怒りか。
「実は、バーで会った人とは、一時期、付き合っていたんです。当時私は20歳で、彼は40歳くらいの既婚者でした。今でいうパパ活ですね。海外旅行にも行きたかったし、美味しいものも食べたかったから、キャバクラだけではお金が足りなくて。会社を経営している彼の話は面白くて、人としても嫌いではなかった。就職相談にものってもらいました。で、そういう昔話を、彼がマスターに話しているのを、私がトイレに行っている間に和也さんが聞いてしまったようなんです」