物語は、生後間もない弟が急死し、悲しむより先に、これで母の愛情を取り戻せると幼心に思ってしまった、昭和24年の正月から始まる。秀男も春には小学生だが、同じお下がりなら兄より姉の服が着たい彼は、初詣の帰りに嗅いだ花街の芳香に誘われる。そして、華代や運命の言葉と出会うのだ。〈お前は、女に生まれなかったことに意味があるんだ〉〈そのまんま、まっすぐ生きて行くがいいよ〉
この華代や間夫の〈徹男〉、彼をお秀と呼んでマンボの踊り方を教えてくれた流しの漁師〈晶〉等々、秀男は炭鉱や漁業で賑わう釧路で出会いと別れを繰り返す。初恋の人〈文次〉もしかり。戦争で親を失い、蒲鉾工場で働きつつ学校に通う大柄な文次は、〈お前は『なりかけ』かもしれんけど、俺は『あいのこ』だ〉と言って秀男を守ってくれる唯一の友達だった。が、その文次までが相撲部屋に支度金を積まれて町を去る。今でも傍にいてくれるのは、長身に悩み、いつも猫背だが、三島由紀夫『禁色』を読めと秀男に勧めてくれた中学以来の友人、ノブヨだけだ。
「この中では弟さんの話と『禁色』の話だけはご本人に伺いました。それ以外の、例えばコンプレックスの塊だったノブヨを一喝して彼女を変えていく秀男の友情のあり方などは、あのカルーセル麻紀さんがいかにして生まれたのかという証明問題を、私なりに解くしかありませんでした。麻紀さんという生きた答えが目の前にいる幸福です。苦労話も全部笑い話にしてしまう、この話芸の達人さえ語らない部分を、私は虚構の力で書いてみたかった」
◆男か女か以前に本物を生きている