「食べきれなかったお客さんには小さめに、甘すぎたという方ならシロップを替えてみる。それで気に入ってくれたら、二度目・三度目に来たときも、同じように好みを調整してお出しします。また、ひとさじ目を食べるとき、出したスプーンを左手に持ち変える人は、2杯目から左利き用に配置して出します」
このような細かな配慮が行なわれているため、隣と同じかき氷を頼んでいても、人によってひそかに味の調節が行われている。甘い物ぎらいや、つきあいで来た人たちも満足させるべく、工夫を重ねているのだ。
「なん杯食べた人でも、帰るときにもう一度、壁のメニューを眺めます。『あっちも食べたかったな』『こっちも気になる…』という顔をしながら、メニューの写真を撮って帰るところまでが、楽しい時間。さらに、家に着くまで、次にお店に来るまで、ずっとわくわくが続いていたら、こっちもうれしいものです。
たいていは翌週くらいにまた戻って来てくれます。そうすると、前回なかったものが出ていて、また迷わせてしまう。何度来ても、その繰り返し。飽きるどころか、来るたびに食べたいものをガマンさせることになります」
宇田川氏の著書では、ほかにも、新メニューの作り方、12月に一番売り上げが多い理由、1杯のかき氷を食べやすくするための仕掛け、秘伝のレシピ……など、慈げんのすべてを惜しみなく公開している。宇田川氏の言葉だけでなく、常連客や仕事相手、同業者など、120人以上の人への多面的な取材により「一度は行ってみたい店」とはどういう店なのかを鮮やかに描写。
同書を作ろうと思ったきっかけについて宇田川氏は、「他店かき氷屋店主たちが修業をしたり、話を聞きにきてくれたりすることがよくある。還暦を目の前にして、いまがタイミングだと思い、本の形で残しておくことを考えた」という。人の楽しませ方や、仕事に対する姿勢など、冷たいかき氷の熱い話には、ビジネスや人生のヒントが限りなく詰まっていると言えるだろう。