「ネット上に、こうした信じられない反応がある通りです。もし私が声を上げていたら、私だけでなく私の作品や、私が関わった全ての作品が攻撃されたでしょう。声に同調した漫画家さん、先生の作品や人格も否定されることだって予想できました。だからこそ、黙ってやりすごすしかなかった。考えてみてください、愛する我が子が悪者に誘拐されて、悪い意味で見世物にされている。悪者はそれで金儲けまでしている。それでも黙っているしかなかった」
漫画は人気商売だ。ネットでの漫画家への好感度が、その作品への風評に影響を及ぼす可能性は高い。違法海賊版を持ち上げるような理不尽な雰囲気が強まっても、少なくともネットではじっと黙ってやり過ごすしかないと諦める人が少なくない。例えば、漫画村に対する反対意見を明確にしている漫画家は、漫画村に違法にアップロードされている作品数と対比してみると、驚くほど少ないことがわかる。
漫画村を否定した漫画家の元には、SNSで漫画村を肯定するユーザーから“意見”が寄せられる。漫画村を肯定する理由が意見として送られてくるのならばまだ良い。五流漫画家のくせに調子にのるな、お前の漫画などもともと売れていない、漫画村のおかげで読まれるようになった…このような“意見”を受け取った漫画家たちの心境といえば、もう黙るしかなくなるのだ。ダイレクトメールで寄せられるだけではない。他のユーザーにも見える形で罵詈雑言を浴びせられ、うっかり応じてしまえば「読者と喧嘩する漫画家」という風に捉えかねないのである。
もっとも、大手出版社などはすでに顧問弁護士と対策に乗り出していたが、対応をおおっぴらにしてしまえば、相手(漫画村運営者)の土俵に上がらざるを得ない。ちょうど、官民を巻き込んで「サイトブロッキング」の議論がなされていたタイミングでもあり、一つの出版社や個人が動き出すにも、時期が悪かった。漫画村に我慢しかねてブロッキングに賛成すると「現政権賛成派か」とか「表現規制に反対するのか」とレッテルを貼られ、反論の余地もなかった。
漫画村をめぐる騒動についてチェックしている弁護士も、田宮さん同様の見解だ。
「ありとあらゆる漫画が違法にアップされている以上、著作権者や出版社が一気に立ち上がれば、違法サイトは消えて無くなるのではないか?という見方もありました。しかし、運営者自身が自らの情報を秘匿しており、特定ができないから訴える事ができなかった。そして運営者が発覚しても、みなさん、積極的に係争しようとはしません。漫画村という違法サイトを糾弾することで、自身が攻撃されないか、あるいはさらにひどい仕打ちを想像される方もいました。自宅を特定されたり、嫌がらせをされたり、作品の悪評をばら撒かれたり、という事です。被害を受けている漫画家がこれだけいるのに、やはり皆さん、立ち上がる事を躊躇されていたのです」
しかし、実質的な管理人が身柄を拘束され、関係者の男女二人が、著作権物を違法にネット上にアップしたとして逮捕されたことで、やっと情勢が変わりつつあるようにも見える。当初は「よくある海賊版サイトでしょ」と興味を示さなかった新聞記者たち、民放テレビ局の記者たちの耳にも、ついに被害者たちの声なき声が届き始めた。違法サイト運営の仕組みが明らかになると共に、どんなに身元を隠して違法行為を働いたとしても、結局は罰を受けることになるという当然の摂理を、漫画村の利用者だけでなく、全ての人々が、改めて理解しなければならない。