もともとフランシスコ教皇は過去の教皇とは異なり、難民問題の解決や新自由主義への批判など政治的な意見を積極的に発する型破りな指導者で、その姿勢が日本でも発現したと言える。宗教の指導者が理想を語るのは、それがたとえ日本では非現実的であっても、いわば“職務”であり、仕方がない面はある。
ただ、今回の訪問で一つ問題があると指摘するのは、福島在住のフリーライター・林智裕氏だ。
「東日本大震災の被災者の代表として、いわき市出身の高校生ら、自主避難者が選ばれて、教皇と面会していることに違和感を覚えました。昨年3月にジュネーブで開かれた国連人権理事会でも、国際NGOグリーンピースの仲介で郡山市からの自主避難者がスピーチしています。自主避難者というのは、科学的に危険性が認められない地域から自分の判断で避難した人々で、その判断は尊重しますが、自主避難者ばかりにスポットが当てられることで、まるで“福島は人が住めない場所”であるかのような誤解が世界に広まっていくのです」
本人が意図しなくても、世界中から注目を集める人だけに、誤った情報が世界に発信されてしまうことを林氏は危惧する。
福島県には約190万人、いわき市や郡山市にはそれぞれ約30万人がごく普通に生活している。その中には地震や津波、原発事故で大きな被害を受けながら、立ち上がり、偏見や風評に耐えながら福島で生きていくことを選択した人々が多数いるが、そうした人々には今回スポットライトはほとんど当たらなかった。
「2015年に来日した英王室のウィリアム王子は福島県を訪れて子供たちと一緒に遊び、県内の温泉地に宿泊し、地元の食材や日本酒尽くしを楽しんでくださいました。これは王子自身が『被災者に会わなくては訪日する意味がない』とまで強く希望し実現したことであり、東日本大震災後に初めて海外要人が福島に宿泊した忘れがたい出来事です。今なお一人の県民として、強く感謝しています。
ローマ教皇が原発事故に言及するなら尚更『暮らしている人たちの福島』を世界に伝えていただきたかったですし、もし実現していれば、比較にならないほど大きな称賛や尊敬を得られたことでしょう。自主避難者の声ばかりが取り上げられたのは、とても残念です」(林氏)
次回の来日が何年後になるかはわからないが、訪問先に福島が入ることを期待したい。
●取材・文/清水典之(フリーライター)