では、勝つ馬を定めるのは? ある調教師に聞いた話を思いだす。「馬は肉食動物(ライオンなど)に追われる恐怖からスピードを進化させた。群れの先頭にいれば餌食にならない」。なるほど、ライオンのスタミナが尽きるのがゴール板だとすれば、ここに先着すれば安泰だ。1着はボス。それ以外の馬はボスについていけばほぼ襲われない。馬は本能的に集団のボスを嗅ぎわけ、その様子はパドックにも顕れる、と。
ボスはどいつだ? これが難しいんだな。ミステリー小説並みに意外な馬がボスだったりするし。「オレが馬なら、誰につくか」と馬に感情移入する。堂々として威張っている馬は良さそうだ。ときおり嘶く馬がいるけど、小心ゆえの威嚇かもしれないぞ。前との間隔を詰めてしまう馬も、なんかボス向きじゃなさそうだ。などなど。人間の世界でも、リーダーにはリーダーの格があり、それはどこかに顕れるものだ。
力関係に服従しない馬も当然いて、最後はボスを差す(刺す!)かもしれない。
目をひん剥いた末に定めたボスは? 裏切る刺客馬は? ボスに控える連下タイプは? これらが好走したら雀躍したくなる。記者がつけた印ではなく、自分の目で選んだ馬を買う愉楽。もうパドックを見ずにはいられないのである。
●すどう・やすたか 1999年、小説新潮長編新人賞を受賞して作家デビュー。調教助手を主人公にした『リボンステークス』の他、アメリカンフットボール、相撲、マラソンなど主にスポーツ小説を中心に発表してきた。「JRA重賞年鑑」にも毎年執筆。
※週刊ポスト2019年12月13日号