後日、漫画における取材の重要性を、ふたたびM氏に聞いた。彼は漫画編集10年超の中堅だ。
「実は乃木坂先生はものすごく取材をされるというタイプではないと思うんです。『JIN-仁-』などの作品で有名な村上もとか先生を以前担当させていただきましたが、それこそ研究者並みに緻密な取材をされる方でした。
それよりも乃木坂さんは手応えを求めるタイプです。これで分かった、描ける、という手応えですね。それはその世界のこともそうでしょうし、その世界の登場人物のこともあるでしょうけど、その感覚を掴むまでは取材をするというのが基本的な姿勢ですね。作家さんがもう大丈夫です、というまでは取材をします。それは新人さんでもどなたでも、予算と時間が許す限りはそのように心がけています」
乃木坂氏だけでなく、多くの漫画家が、取材を続けながら“分かった”とその世界を描ける手応えを掴む瞬間があるのだという。
「今回のように拘置所取材はもちろんですが、単純に本作では主人公の真珠が若い女性なので、ただ若い女性と食事をする、という意味の取材もセッティングします。なぜなら男性漫画家さんの多くは普段若い女性と接する機会がないんですよね。乃木坂さんは結婚されていますが、ご自身と同世代か、そのお子さん世代との接点しかない。20代女性の観察って、あまりリアルに行っていないと思うんです。だからただもう、20代の女性の知り合いに『気軽にご飯でも』と誘って会ってもらったり。そういう中でキャラクターを掴んでいただく機会もあると思うので」
漫画家がその世界観を“掴む”瞬間については、こんな逸話もある。
「登場人物が次々とある奇病に侵されてゆく……という漫画の取材では、作家さんが『死体の匂いが嗅ぎたい』とおっしゃったので、死体清掃の仕事の現場に同行させてもらって、それでその匂いを嗅いだ時に作家さんが『あ、いけます』となったんだそうです。たぶん何らかのリアリティが生まれたんだと思うんです。そういう何かが生まれる瞬間、掴めたと感じる瞬間というのが作家さんの中にはあるんだと思います。それを僕らは探すという感じです。作家さんに掴んでいただき、“いける”と思っていただく──それが取材の真髄かもしれません」