『首提灯』は客席からのリクエストに応え、即興で久々に演じたもの。他にも53歳の『粗忽長屋』、55歳の『小猿七之助』、61歳の『明烏』、同じく61歳の『洒落小町』等、これまでになかった年代の貴重な音源が幾つもあるが、この商品の肝は「一味違う“素”の談志」がマクラで聴けること。東京でも地方でもない横浜という土地がそうさせたのだろう。談志ファンはその意味で必聴だ。
もう1つは2枚組CD「家元の軌跡 談志33歳」。ディスク1は『よかちょろ』『蔵前駕籠』『三年目』で、『三年目』は談志が「縁がなかった」と持ちネタにカウントしていない演目の、まさかの初商品化。『よかちょろ』は最古の音源で、限りなく初演に近い。『蔵前駕籠』はその後あまり演らなくなる噺だ。
談志は33歳で衆院選挙に東京8区から立候補して落選、2年後に参院全国区で当選して議員になった。この商品が異彩を放っているのは、ディスク2が政見放送や落選会見などを含む33歳の談志の「衆院選落選ドキュメンタリー」となっていること。落語3席も貴重だがこちらも貴重、これまたファン必聴だ。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。
※週刊ポスト2020年2月7日号