太田幸司は当時プロ入り2年目だった
◆「幸司、前に来て勉強しろ」
ファン投票でパの投手トップになったのは、甲子園のアイドルからプロ入りして2年目の太田幸司(近鉄)。ルーキーイヤーも人気だけで選出されたが、この年も調子は上がらず0勝1敗の成績で、選出が決まった日にファーム落ちした。
「ファン投票の中間発表で1位にいると、頼むから投票しないでくれ、と思ったものです。本番のベンチではボクらのようなペーペーは、隅っこのほうで小さくなって見ていましたが、張本さんから“幸司、前に来い。選ばれたのは恥ずかしいことじゃない。ファンの期待に応えるためにも、一番前で先輩たちのプレーを勉強しろ”と声をかけてもらって救われました」
その目の前で、江夏は伝説の快投を見せた。
「パの強者たちが“俺が打ってくるわ”と勇ましく出て行くのに打てないんですから」(同前)
江夏はこの年、ここまで6勝9敗と振るわず、「こんな成績なのに選ばれるとは思わなかった。ファンの期待に応えるためには、大リーグにもない記録を作ってやる」と心に決めていたという。ベンチでその様子を見ていた木俣達彦(中日)が振り返る。
「セのコーチには村山実さん(当時阪神の選手兼監督)もいたんですが、“あんな江夏は見たことないで。公式戦でもあれぐらい真剣に投げてくれたらええのに”とボヤいて、みんなを笑わせてました。けれど笑いはそこまで。当時は真剣勝負でしたから」
江夏の熱投は、リリーフした渡辺秀武、高橋一三(ともに巨人)ら4投手にも乗り移り、継投でのノーヒット・ノーランを達成した。