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2020.06.12 07:00  週刊ポスト

1960年代、巨人以外のファンは帽子マークをYGと付け替えた

巨人のマークも微妙に変化

 男の子なら誰もが一度は野球帽をかぶったことがあるだろう。約700点に上る野球帽の歴史を解説した『野球帽大図鑑』(朝日新聞出版)著者の綱島理友氏が、日本人男性と帽子、特に野球帽との関わりについて解説する。

 * * *
 かつて日本の明治、大正生まれの男たちは紳士帽をかぶっていた。父や祖父は「サザエさん」の波平のような中折れ帽というかソフト帽を紳士のたしなみとしてかぶっていた。しかし今はよほどの洒落者でないと、そんな帽子はかぶらない。

 この時代、日本の男たちがかぶっている帽子は、野球帽ではないだろうか。それはもう子供時代からの長い付き合いである。

 私の子供時代は1960年代で、プロ野球人気の勃興期。時代は巨人、大鵬、卵焼き。街の帽子店に並んでいるのはYGマークの巨人の帽子だけだった。巨人ファンが圧倒的多数なのでしょうがないのだが、他球団のファンは帽子マークを付け替えてもらっていた。帽子店にはフェルト製の他球団のマークも売っていて、好きな球団を言うとYGマークを外して付け替えてくれた。店の引き出しを覗くと、阪神、南海、阪急、国鉄……いろいろな球団の帽子マークが見えた。私は大洋ホエールズのファンだったので、このシステムでTをつけてもらっていた。

 1970年代に入ると各チームの帽子も派手になり、球団が子供用の公認帽を販売するようになった。「今の子たちはいいなぁ」と、羨ましかったのを覚えている。大学時代にはアメカジ・ブームがあって、MLBチームの帽子をファッションとしてかぶりはじめた。

 そして今、中年を過ぎても、私は野球帽をかぶっている。昭和の戦後生まれの人たちは、人生をずっと野球帽と共に生きてきた、おそらくはじめての世代ではないかと思うのだ。

◆イラスト/イワヰマサタカ

※週刊ポスト2020年6月26日号

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