渡辺錠太郎大将と末娘の和子さん(当時8歳)。和子さんは父が殺される現場に居合わせた(渡辺家蔵)

 渋谷の慰霊像の碑文はこう続く。

〈此の因縁の地を選び刑死した二十名と自決二名に加え重臣警察官其の他事件関係犠牲者一切の霊を合せ慰め、且つは事件の意義を永く記念すべく広く有志の浄財を集め事件三十年記念の日を期して慰霊像建立を発願し、今ここに其の竣工をみた。謹んで諸霊の冥福を祈る〉

 そもそも、仏心会そのものが「全殉難物故者」の慰霊を目的として設立されている。同会のホームページにも次のような記述がある。

〈当法人は、昭和10年の相澤事件、および、昭和11年の二・二六事件(以下「事件」という)に於ける犠牲者、事件に参加し自決または刑死した二十二名(以下「二十二士」という)および事件に参加し有刑になった物故者、(以上の事件による犠牲者、二十二士、物故者を併せ「全殉難物故者」という)の慰霊などを目的とする〉

◆「敵に後ろを見せてはいけない」

 だが、事件の被害者たちは、たまたま遭難したわけではない。二・二六事件は、武器を持つ兵士が引き起こした軍事クーデターであり、テロだった。その被害者遺族にとっては、加害者とともに慰霊されることに複雑な思いがあっただろうことは想像に難くない。

 実際、犠牲者の一人である渡辺教育総監の娘・和子さん(2016年死去)は、事件から50年後の昭和61(1986)年2月に仏心会による法要に初めて参加した時の心境をこう吐露している。

〈父の五十回忌の年に、私は、処刑された青年将校が眠る東京・麻布の賢崇寺に参りました。実はそれまで、反乱軍の一人である河野寿大尉のお兄さんであり、仏心会(青年将校らの遺族会)会長の河野司さんから毎年のようにお誘いがあったのですが、一度も伺っていなかったのです。
 でも、その年は五十回忌の年でしたから迷いました。二・二六事件を取材された作家の澤地久枝さんや、昭和史研究家の高橋正衛さんにご相談したところ、お二人から「行っておあげなさい」と背中を押されたのです。「汝の敵を愛せよ」というつもりで行ったのではありません。本心では行きたくはありませんでした。父がよく言っていた「敵に後ろを見せてはいけない」という言葉を思い出して参ったのです〉(渡辺和子・保阪正康「2・26事件 娘の八十年」『文藝春秋』平成28年3月号)

〈法要の後、河野司氏のご挨拶があった。
「私は、弟はじめ彼らがふびんでなりません。陛下のためを思って事を起したのであり、処刑に当たっても、天皇陛下萬歳と唱えて銃殺されています。私は叫びたい。陛下、なぜおわかりにならないのですかと」
 切々と訴えるその言葉は、殺された側の遺族である私には、別の意味で聞くに辛いものだった〉(渡辺和子『心に愛がなければ』PHP研究所)

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