デザイナーとしての仕事は孫請けながら細々と続いている。6月に入り新規の仕事も紹介で入ってきたそうだが、生活の不安を考えるとパチンコ清掃の仕事は辞められないという。
「批判する連中はお金をくれませんからね、がんばります」
そう言って笑う暮沼さんと新宿駅構内で別れた。以前よりは終電の混雑は緩和されているが、それでも人の波は戻りつつある。深夜の新宿駅、全員ある意味「夜の街」の人々だ。水商売の街で働く暮沼さんたちも電車に乗る。しゃべってないから電車は大丈夫なのか、みなそう思いたいだけなのか。もっとも電車でクラスターが起きてもわかるはずもないだろう。しゃべるから感染するのだ、電車内はしゃべらないというが、会社はどうなのか。私は緊急事態宣言中も数百人規模で密集していた大手コールセンターを知っている。狭い会議室にすし詰めで会議を繰り返す中堅IT企業も知っている。なぜクラスターが起きないのか ―― 結局のところ運任せなのか。そして「夜の街」の次の批判の生贄はどこなのか。先にも述べたとおり、200人を超え最多を記録し続ける東京都の新規感染者のうち「夜の街」は3割を超え、そろそろ誤魔化しは効かなくなってきた。
暮沼さんは「夜の街」の人で、取材者の私もある意味「夜の街」の人かもしれない。新宿は今日も飲み歩く人で賑わっていた。「夜の街、控えて」としれっと言われても緊急事態も営業自粛も解除されているし数値基準すら撤廃された。10日からは予定通り5000人規模のイベント実施も可能になる。自粛と経済とを天秤にかけて経済を選んだことは明白にも関わらず、特定地域や業種をあげつらうやり方はやはりおかしい。国は一貫して「直ちに緊急事態宣言を再び発出する状況に該当すると考えていない」という認識を変えていない。このまま感染のみでそれほど死者につながらないのなら、「コロナとともに生きる」選択は大多数の国民のコンセンサスではないか。暮沼さんもバイトをやめないだろうし、夜の街のみなさんも仕事をやめることはないだろう。いや、やめられない。コロナ禍、僅かなお金でも欲しい人はたくさんいる。コロナで死ぬより経済で死ぬほうが怖いのだ。
そんな人々を含め「夜の街」とひとくくりにする都知事。暮沼さん始め、ありとあらゆる業種の都民が働く大都市の「夜の街」のどれだけの実態を知ってそのフレーズを撒き散らしているのか、国の方針に従って経済を取ったはずの都知事が疫病の不安につけこみ分断を煽る行為、私には理解できない。
●ひの・ひゃくそう/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で第14回日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。2019年7月『ドキュメント しくじり世代』(第三書館)でノンフィクション作家としてデビュー。12月『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)を上梓。