それ以外にも興味深い研究をいろいろ紹介したので、男性も女性もそれぞれの立場で楽しんでもらいたいのですが、本にまとめてあらためて感じたのが、「男と女では性愛の戦略が大きく異なる」ということです。男は「競争する性」として、社会階層(ヒエラルキー)の上位ほどより多くの(魅力的な)性愛を獲得できる。チンパンジーやニホンザルなどと同じで、ライバルを蹴落として階層をひたすら上っていく「単純」な戦略です。それに対して、女は子どもを産み育てるコストがきわめて大きいので、誰の子どもを産み、誰といっしょに育てるかを慎重に考えなければならない。女は「選択する性」として、身体的にも心理的にも「複雑」な戦略に習熟するよう進化してきたといえます。
ここで問題になるのは、原理的に「単純」なものは「複雑」なものを理解できない、ということです。だからこそ、男にとって女は「永遠の謎」なのでしょう。逆にいえば、「複雑」なものは「単純」なものを理解できるかもしれませんが。
人類がチンパンジーとの共通祖先から分かれたのは700万~500万年くらい前とされていますが、これは進化のタイムスパンではそれほど長くはありません。そのあいだに直立歩行して体毛を消失したり、言葉を話し道具を使うようになるなど大きな進化を遂げたわけですが、それでも性愛の基本はチンパンジーやボノボとそれほど変わっていないのではないでしょうか。
女と男がわかりあえないのは、進化論的な理由がある。それがなぐさめになるかどうかはわかりませんが……。
◆橘玲(たちばな・あきら):1959年生まれ。作家。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎文庫)、『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『上級国民/下級国民』(小学館新書)などベストセラー多数。新刊『女と男 なぜわかりあえないのか』(文春新書)が話題。