しかし、少々中国企業に同情してしまうのは、彼らが中国共産党に情報を差し出している証拠は何もないという点だ。バイトダンスにせよ、あるいは米国の制裁を受けたことでは先輩格にあたる通信機器・端末大手のファーウェイにせよ、どんなに身の潔白を訴えてもそれを信じさせる方法がない。「どんな偉そうなことをいっても、中国共産党には逆らえない、命令されたら従うだろう」という疑いから逃れることは難しいのだ。
そう考えると、この問題を解決出来るのは中国共産党しかいない。彼らが他の国との信頼関係を築いたり、情報通信分野に関する安全性のルールを作るなど、そうした枠組みを作ることで中国企業の海外権益を守るべきなのだが、今のところそうした配慮は全くない。
というのも、今でこそ国内総生産(GDP)で世界2位の経済力を誇る中国だが、貧しい時代が長らく続き、世界進出する自国の企業などこれまでほとんどなかった。基本的には外資系企業が中国に進出するばかりだ。そのため中国は、自国にやって来た外資系企業をいじめる経験は豊富だが、世界に進出した中国企業がいじめられた体験はほとんどない。中国の経済力は成長し、世界に通用する企業も育っているというのに、中国共産党はその現実に追い付いていないのだ。
中国ベンチャーに詳しい、ある中国人投資家は「中国共産党がこんなザマだと、世界で商売しようとする企業にとっては厳しいですよね。世界展開したければ、シンガポールや香港を本拠にして“中国企業”と名乗らない方が都合が良いかもしれない」と話す。中国企業は、どんなにビジネスで結果を出しても報われない宿命を背負っているのだ。
こうした中国企業の苦難はTikTokだけではない。ロイター通信によると8月4日、米ビデオ会議サービスのZoomは中国市場でのサービス中止を発表した。今後は、提携企業を通じて中国国内に製品を販売するという。Zoomは創業者のエリック・ヤンが中国生まれの中国系米国人。開発者の多くは中国にいることもあって、「米国に登記しているが中国企業なのでは」との疑いの目を向けられてきた。TikTokの二の舞にならないよう、先手を打って中国市場でのサービス展開を止めようというわけだ。
米中対立が激化する中、グローバルに展開する中国企業の受難は今後も続く。自民党のルール形成戦略議連は、中国製アプリの利用制限を立法化する方針を示したが、米国やインドだけでなく、今後は日本でも同様の問題が起きる可能性もある。だが、無数に存在する中国製アプリの中には世界で支持され得るハイレベルなものも少なくない。ユーザーにとっては、自由に好きなアプリを好きなだけ使いたいものだが、そのためにはまず、中国共産党が態度、方針を改めることから始めなければならない。
【高口康太】
ジャーナリスト、千葉大学客員准教授、週刊ダイヤモンド特任アナリスト。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。中国の政治、社会、文化など幅広い分野で取材を行う。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書、共編著に『現代中国経営者列伝』(星海社新書)『幸福な監視国家・中国』(NHK新書)『プロトタイプシティ』(KADOKAWA)など。