一番ポップなのは米津玄師という名前
「音楽全体のクオリティも優れていると思いますが、同レベルの音楽は世界中にいくらでもあります。米津玄師の魅力は事ほど左様に多角的だと思いますが、一番ポップの強度を持っているのは名前(字面も音も)だと思います。反欧米的にも超欧米的にも読めますし、日本語としてのニュアンスは日本人ならどなたでも解るでしょう」
米津はもともと“ハチ”という名義で、音声合成ソフトのボーカロイドを使用して動画投稿サイトを拠点に活動していた。そのままの名義でデビューすることも、別の名義を作ることもできたはずだった。だが本人も自身のTwitterで「兼好法師でも琵琶法師でもなく米津玄師です。出家もしてません。ミュージシャンです」とユーモアを交えて言及したことがある本名を用いて活動することを選んだのだった。菊地氏は続ける。
「“STRAY SHEEP”というのはマタイ伝が出典ですし、作品のキーマンに藝大卒業者(東京芸術大学音楽学部で欧州音楽の教育を受けた人々)が多い事等々も含め、本人も自覚的だと思います。些かの強弁が許されるのであれば、世界文化が超欧米化(欧米文化の家畜化)に向かってるという趨勢の極例だという事もできます。King Gnuの強度と似ていると思います」
人気ミクスチャーバンドKing Gnuのメンバーである常田大希(28)と井口理(26)は藝大出身であることが知られている。他にも近年はシンガーソングライターの角銅真実(31)や小田朋美(33)、ピアニストの江崎文武(27)、コンポーザーの網守将平(30)など、アカデミックな世界で修練を積んだ数多くの藝大出身ミュージシャンがポピュラー音楽の分野でも活躍している。
洋楽至上主義という言葉があるが、かつて音楽通といえば欧米文化を無条件に称揚するものだった。しかし今やいかに欧米文化を“飼い馴らす”かに世の趨勢は移っているようだ。米津玄師の新作がこれほど世界を沸かせたのも、彼が国内外を視野に入れた“超欧米化”というポップの強度を前面に打ち出したからなのだろう。
●取材・文/細田成嗣(HEW)