秦氏の祖父秦逸三(一八八〇~一九四四)はテイジン(帝人)の創始者で人造絹糸を発明した。剛平翁は蔵書ごと旧宅を売り払って、「東松原の陋屋」に閉門・蟄居してバビロニア・ユダヤ虐殺、陰謀、ユダヤ人への迫害、反撃・エルサレム使節団・ヨセフスの捕縛・反対尋問・脱出・戦争の終結までを精密に翻訳した。おそるべき体力だが、解説でちかごろの『自伝』流行を笑ってみせ「ここが人間とサルの文化人類学的な違いなのか」とひとり呟くのである。
稀代の宗教学者は「自粛要請」など眼中にはなく、渋谷のハチ公前からスタートし、国立競技場を右手に見て新宿へ直進し、京王線に乗って笹塚で降り、そこのスーパーで買い物をすませ、甲州街道沿いをさらに歩いて帰宅する。これすべて免疫力アップのためで、「痴呆症の進行をおくらせるコロナ対策」だと「あとがき」にある。コロナ休暇中にこの分厚い一作を読みきって、私も体力をつけようと思いたった。
※週刊ポスト2020年9月4日号