スポーツ

プロに進まなかった”松坂世代”3人が語る「あの夏の衝撃」

1998年、3球団から1位指名を受けて西武に入団した松坂大輔(時事通信フォト)

1998年、3球団から1位指名を受けて西武に入団した松坂大輔(時事通信フォト)

強力なビジネスツール「僕、松坂世代です」

 連日のドラマチックな試合展開で日本中の注目が集まる中、決勝戦、横浜の前に最後に立ちはだかったのは京都成章高校だった。

 1回表、京都成章の先頭打者、主将の澤井芳信は、松坂の不用意に投げたストレートを力強く叩き、サード左に痛烈なライナー性の打球を打つ。横浜のサード斉藤清憲がグラブに当てて弾き、ファーストに送球してアウト。もし、この打球があと30cm左に飛んでいたら、高校野球の歴史が変わっていた。

 立ち上がり、連日の激闘の疲れからエアポケット状態にあった松坂は、この打球で目が覚めたかのように一気にアクセルを踏み込む。澤井の“幻のヒット”の後は、京都成章打線に1本のヒットも許さないまま試合は進んでいく。

 澤井は5回頃から「まだノーヒットか」と意識していた。口には出さないが、他の選手たちも気づいていたはずだ。しかし、覚醒した怪物の前に、もはや為す術もなかった。3-0。松坂の59年ぶりとなる決勝戦ノーヒットノーランの快挙と共に、横浜高校は史上5校目となる甲子園春夏連覇を達成する。

「あの試合を屈辱だと思ったことはない」と澤井は言い切る。センバツで2-18と大差の初戦敗退を喫し、「京都の恥」とまで言われたチームが、リベンジを目標に再び甲子園に乗り込み、一戦一戦、力をつけて勝ち取った準優勝。だから試合後の円陣で、チームメイトに「胸を張って帰ろう」と言葉を掛けた。

 戦いを終えた時、「世界観が変わった」と言う。甲子園で勝ち進むのは小学校時代から名前を知られたエリート選手が揃う強豪校、名門校ばかり。その中で、地元の無名選手が集まった創部10年ほど(当時)の新鋭校が勝ち進み、松坂を筆頭とする「違う世界の人間」と思っていた有名選手の中に、「ひょっこり入り込んでしまった」と笑う。入り込んだことで、「俺たちも、そこにいていいんだ」と思えた。

 そして、各打者が松坂の前に三振の山を築く中で、澤井だけが、打てないまでも三振はしなかった。「上に進んで高いレベルの野球に揉まれれば」と、卒業後、澤井はプロを目指し大学、社会人と野球を続ける。

現在、スポーツマネージメント会社を経営する澤井芳信氏

現在、スポーツマネージメント会社を経営する澤井芳信氏

 夢は叶わず、26歳で現役を引退。しかし、新たな夢となったスポーツマネージメントのビジネスに転出し、今では自らの会社『スポーツバックス』を設立。日米で活躍した上原浩治(元巨人)や侍JAPANの4番打者・鈴木誠也(広島)、同じ松坂世代の平石洋介(ソフトバンク打撃兼野手総合コーチ)ら、多くのアスリートのマネージメントを行う敏腕社長だ。

“松坂世代”は、今の澤井にとっては強力なビジネスツールでもある。「野球をやっていなかった人でも、『僕、松坂世代です』と自己紹介することがあると思うんです」と澤井は言う。他にそんな学年はなかなかない。実際、仕事現場で人から「この人は甲子園の決勝戦で松坂投手と戦った……」と紹介されると、「あぁ、あの時の」と反応が返ってくる。

今シーズンはケガで絶望的な埼玉西武ライオンズの松坂大輔投手(時事通信フォト)

今シーズンはケガで絶望的な埼玉西武ライオンズの松坂大輔投手(時事通信フォト)

 あの夏から22年が過ぎた。

「現役時代は、プロで活躍している選手ははるか遠いところにいる感覚でしたが、今は引退して第2の人生を始めた人も多い。一方、ビジネスの世界では僕らの世代はいよいよ脂が乗ってくる時期。いつか一緒に仕事が出来たら楽しいだろうなぁ」

 澤井はかつてのライバルたちと、セカンドステージでの勝負の日を楽しみにしている。

●やざき・りょういち/1966年山梨県生まれ。出版社勤務を経てスポーツライターに。細かなリサーチと“現場主義”でこれまで数多くのスポーツノンフィクション作品を発表。著書に『元・巨人』(ザ・マサダ)、『松坂世代』(河出書房新社)、『遊撃手論』(PHP研究所)、『PL学園最強世代 あるキャッチャーの人生を追って』(講談社)、近著に『松坂世代、それから』(インプレス)がある。

関連記事

トピックス

実力もファンサービスも超一流
【密着グラフ】新大関・安青錦、冬巡業ではファンサービスも超一流「今は自分がやるべきことをしっかり集中してやりたい」史上最速横綱の偉業に向けて勝負の1年
週刊ポスト
国宝級イケメンとして女性ファンが多い八木(本人のInstagramより)
「国宝級イケメン」FANTASTICS・八木勇征(28)が“韓国系カリスマギャル”と破局していた 原因となった“価値感の違い”
NEWSポストセブン
今回公開された資料には若い女性と見られる人物がクリントン氏の肩に手を回している写真などが含まれていた
「君は年を取りすぎている」「マッサージの仕事名目で…」当時16歳の性的虐待の被害者女性が訴え “エプスタインファイル”公開で見える人身売買事件のリアル
NEWSポストセブン
タレントでプロレスラーの上原わかな
「この体型ってプロレス的にはプラスなのかな?」ウエスト58センチ、太もも59センチの上原わかながムチムチボディを肯定できるようになった理由【2023年リングデビュー】
NEWSポストセブン
12月30日『レコード大賞』が放送される(インスタグラムより)
《度重なる限界説》レコード大賞、「大みそか→30日」への放送日移動から20年間踏み留まっている本質的な理由 
NEWSポストセブン
若手俳優として活躍していた清水尋也(時事通信フォト)
「もしあのまま制作していたら…」俳優・清水尋也が出演していた「Honda高級車CM」が逮捕前にお蔵入り…企業が明かした“制作中止の理由”《大麻所持で執行猶予付き有罪判決》
NEWSポストセブン
「戦後80年 戦争と子どもたち」を鑑賞された秋篠宮ご夫妻と佳子さま、悠仁さま(2025年12月26日、時事通信フォト)
《天皇ご一家との違いも》秋篠宮ご一家のモノトーンコーデ ストライプ柄ネクタイ&シルバー系アクセ、佳子さまは黒バッグで引き締め
NEWSポストセブン
ハリウッド進出を果たした水野美紀(時事通信フォト)
《バッキバキに仕上がった肉体》女優・水野美紀(51)が血生臭く殴り合う「母親ファイター」熱演し悲願のハリウッドデビュー、娘を同伴し現場で見せた“母の顔” 
NEWSポストセブン
六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
《六代目山口組の抗争相手が沈黙を破る》神戸山口組、絆會、池田組が2026年も「強硬姿勢」 警察も警戒再強化へ
NEWSポストセブン
和歌山県警(左、時事通信)幹部がソープランド「エンペラー」(右)を無料タカりか
《和歌山県警元幹部がソープ無料タカり》「身長155、バスト85以下の細身さんは余ってませんか?」摘発ちらつかせ執拗にLINE…摘発された経営者が怒りの告発「『いつでもあげられるからね』と脅された」
NEWSポストセブン
結婚を発表した趣里と母親の伊藤蘭
《趣里と三山凌輝の子供にも言及》「アカチャンホンポに行きました…」伊藤蘭がディナーショーで明かした母娘の現在「私たち夫婦もよりしっかり」
NEWSポストセブン
2021年に裁判資料として公開されたアンドルー王子、ヴァージニア・ジュフリー氏の写真(時事通信フォト)
《恐怖のマッサージルームと隠しカメラ》10代少女らが性的虐待にあった“悪魔の館”、寝室の天井に設置されていた小さなカメラ【エプスタイン事件】
NEWSポストセブン