90年前の“日中摩擦”
評伝『渡辺錠太郎伝』の著者・岩井秀一郎氏はこう解説する。
「渡辺は、戦争の原因の第一に『経済』を挙げています。経済が不平等であるから戦争が起こるということで、例として日本を挙げ、1平方キロメートルの土地に165人が住まなければならない日本に対し、アメリカはその十分の一以下、オーストラリアではさらに少ない、という。日本はこれらの国に比べて人口に対する土地が少なく、発展すればするほど、どこかに土地を求めなければならず、実際に、人口問題や食料問題の解決のため、満洲へ少なくない農民を送り込んでいました。ここが“発火点”となる可能性も認識していたと思われます」
続いて、渡辺が挙げた戦争の原因は「民族」である。
〈次に、民族間の反感、これもまた例がございます。
例えば、普仏戦争[1870〜1871]前後におけるドイツとフランスの民族観念の乖離(かいり)。今度の[第一次]世界大戦前におけるイギリスとドイツの民族的感情の背反が原因の一つといわれております。かように民族的の感情が乖離いたしますると、いかに善意をもって仕事をいたしましても、対手(あいて)の国民はそれを悪意に解釈いたします。
これらの原因から、現在の満蒙問題を考えてみますると、満蒙は実にわが帝国のためには、経済上はもちろん、国防上、歴史の上から申しましても帝国の名誉の上から申しましても、やすやすとこの権益を対手に渡すべき土地ではないのでございます。実に満洲にはわれわれの先輩が約二十万血を流しておりまする。満鉄の枕木の一本々々には大和民族の血が沁(し)んでおるのでございます。これをやすやすと渡すわけには行かない。
今朝の東京日々新聞[毎日新聞の前身]にすこぶる簡単によくその事情を述べております。
《二十億円の軍費二十万人の血税を払い十五億円の投資を有し、更に守備兵費に年々一千五百万円を費し、また文化施設に巨万の富を投じて居るのに、邦人は朝鮮人を加えて僅に百万に過ぎぬ。支那の排日経済政策は著々(ちゃくちゃく)として功を奏し、企業も貿易もどしどし蹂躙(じゅうりん)されるに至ったのである。彼等の対日態度は最早ワシントン会議前後の如き不平等条約撤廃とか、利権回収とかいう概念的性質のものでなく転じて実質的のものに進み、日本人の経済的基礎を根本から覆えそうとして居る。国民は果して是を座視することが出来るであろうか》
これは東京日々新聞に書かれたものでございます〉