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2020.10.13 07:00  女性セブン

高橋尚子、小出監督の練習を回顧 「やめさせて」と直談判

「小出監督からはレースの前日、『好きなように走ってこい、ただし、出し惜しみはするな。おれは20㎞と30㎞で応援しているから』と、言われただけでした」(高橋)(写真/共同通信社)

〈小出監督はこれまで1992年、バルセロナ五輪マラソン銀メダリストの有森裕子を、1997年、世界陸上マラソン金メダリストの鈴木博美などを育てているが、日本人選手が世界で戦えるまでに育て上げることができたのは、独自の指導法があったからだという〉

 小出監督の練習は恐ろしいメニューでした(笑い)。試合前の練習は、3か月くらいの間に40 kmを走る練習を3〜4本するのが普通ですが、監督の場合は、大会の3~4か月前から30kmを30本以上、40kmを12本近くも走ります。

 あるときの練習で、4日で40kmを3本と言われて、さすがに「無理です。やめさせてほしい」と直談判に行くと、私が話しかける先手を取って、「お前、すごいな。世界一まで、二段飛ばし、いや、三段飛ばしでいけるぞ」と言うんですよ。監督にそう言われると、のど元まで出かかっていた、「やめさせてください」という言葉が「やらせてください!」になりました。

 それに、疲れているときに「いい走りだよ~」とか言われると、「もうちょっと頑張ったら、もっとほめられるんじゃないか」と思うから不思議ですね。

 監督はみんなに、「お前は世界一になれる」と言っていましたが、一人ひとりに対する声のかけ方が違うんです。有森裕子さんには「有森先生どう思う?」と聞く。鈴木博美さんには「これがいいと思うけど、お前はどう思う?」と、友達感覚で相談するように決める。私には「あれやれ、これやれ」って。監督はよく「おれは言葉のペテン師だ」と冗談で言っていましたが、選手がやる気になるように、言い方を変えていたんです。本当にすごい監督です。

【プロフィール】
高橋尚子(たかはし・なおこ)/1972年5月6日生まれ、岐阜県出身。中学1年生で本格的に陸上競技を始め、県立岐阜商業、大阪学院大学を経て、実業団・リクルート入り。1998年に名古屋国際女子マラソンで初優勝して以来、マラソン6連勝を果たす。2000年、シドニー五輪では陸上競技としては64年ぶり、日本女子初の金メダルを獲得し、同年、国民栄誉賞を受賞。2001年、ベルリンマラソンでは2時間19分46秒の世界記録(当時)を樹立。2008年10月に現役引退後はスポーツキャスター、マラソン解説者などで活躍している。

※女性セブン2020年10月22日号

リクルート入社1年目から駅伝メンバー入りを果たし、1995年に全日本実業団駅伝で4区を担当。この頃から、メキメキと頭角を現し始める(共同通信社)

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