宵の口、寛ぐ客らはみな、口々に店主夫妻への思慕を語る。
時折、学校帰りの孫たちが顔を覗かせ、アットホームな雰囲気は、まさに実家にいる気分になる。孫は7人いるという。
「ここの一番小さいお孫さん(1歳)、天使みたいに可愛いいんだ。お母さんがときどき店番しながら抱っこしている姿を見ると胸がほんわかするよね」(40代、公務員)
この店では、つまみも家庭的、“お袋の味”が楽しめる。常連客に人気なのは“土管(どかん)巻き”だ。
「具がおかかだけの海苔巻きなんだけど、素朴で旨いんだ。これにお母さん特製の牛すじ煮込みを合わせるのが僕の定番。お母さんの手料理で一杯やると心もお腹も満たされるよ」(前述の50代)
「土管巻きは、昔っから我が家のシメのご飯なんですよ。先代の父が角打ちをやっていて飲んで帰ってくると母に作らせていて、私も幼いころからの馴染みの味です。3人の子供たちも孫たちもよく食べています」(正子さん)
角打ちスペースの脇にある調理場から出来たての料理が次々と運ばれてきて、客達の笑顔も全開だ。
「ほらほら皆さんしっかり食べてね」と女将。本日の角打ち台も料理に酒に、所狭しと並び賑やかになる。
もう一つ、この店の名物は、オーディオだ。元々、昇さんが趣味でスピーカーなど、秋葉原に通い揃えた本格的なものだ。自身の部屋で楽しんできたが、改装の際に、店に移設したという。
「自分でCDを持ち込んで好きな曲も流してもらえるんですよ。この貴重な英国製のスピーカーで昭和の名曲をいい音で聴きながら味わう酒は最高ですよ。僕はここを密かにオーディオ角打ちと呼んでいます」(50代、立ち飲み好きの製造業)
店の奥にどっしりと鎮座する大きなスピーカーからは、昭和の音楽がしみじみと流れ、店内にはのどかな笑い声が響く。そんな下町家族の角打ちに似合う酒は、焼酎ハイボール。
「どこか懐かしいこの辛口がいい。ひとり寂しい秋の夜にここへ来て飲む酒はぐーっと身に染みるけど、胸のあたりが温かくなるね」(40代、鉄鋼関係)
(※2020年9月7日取材)