スポーツ

秋の天皇賞 満を持して直線勝負に賭けるキセキを狙ってみる

東京競馬場のゴール前

 府中の芝2000メートルは数々のドラマが繰り広げられたきた舞台だ。競馬ライターの東田和美氏が考察した。

 * * *
 ここを勝てば史上最多のGⅠ8勝目となる5歳牝馬アーモンドアイは、3歳春のオークスから9戦連続GⅠに出走してすべてオッズ1倍台、うち6回はその人気に応えている。実績馬が集結するこのレースで単勝1倍台になった馬は、平成以降6回あって、勝ったのは昨年のこの馬が初めてだ。

 強さを見つけたヴィクトリアマイルから中2週で臨んだ安田記念では、グランアレグリアの強襲に屈した。これはアーモンドアイが目標にされたからこそで、「敗因」を探るというほどでもないし、ここで改めて、その強さを論じる必要もない。「自信の◎」などというのはかえって失礼だ。

 ただし、菊花賞のコントレイルほど「絶対」ではない、と思う。菊花賞出走のGⅠ馬は、コントレイルだけだったが、今回は他に5頭もいる。平成以降の31回中19回は、すでにGⅠ馬となっている馬が勝っている。なかでもクラシックホースはダービー馬が5勝、皐月賞馬が4勝、オークス馬も3勝と、3歳時にGⅠを制した馬が強い。

 しかし菊花賞馬がこのレースを勝ったのは1989(平成元)年のスーパークリークと2017年のキタサンブラックだけ。そもそも出走したことがあるのは半数の16頭(19回)で2勝2着2回3着1回。キタサンブラックは1番人気での勝利だったが、18着降着のメジロマックイーンや三冠馬ナリタブライアンなど、1番人気に推された他の5頭は馬券圏内にすら入っていない。かつては菊花賞馬にとって鬼門ともいえるレースだった。

 近年は事情が違う。2400m以上のGⅠを勝つような馬は、走りなれた東京コースではなく、パリの凱旋門賞に向かっていったのだ。

 その先駆けとなったのは2001年の菊花賞馬マンハッタンカフェ。3歳の夏に1000万下(2勝クラス)を勝って菊花賞に参戦し、ジャングルポケットなどを破って優勝、暮れの有馬記念、翌春の天皇賞(秋)と連勝して渡欧した(凱旋門賞では13着)。その後は、ディープインパクト、オルフェーヴル、ゴールドシップ、サトノダイヤモンドと菊花賞を含むGⅠ2勝以上を挙げている馬は、秋の東京ではなくパリを目指した。いまさら天皇賞を勝つより、もっと魅力的なレースがあるということを、日本人に知らしめてくれた。凱旋門賞当日の空気を吸って、日本の競馬ファンに一夜の夢を観させてくれた。ファンも凱旋門賞という選択に感謝したはずだ。

《オークスから毎レース後、熱中症のような症状が現れはじめた。》《レース後のケアや体調の変化、長距離輸送のリスク、負担重量、タフで特殊な馬場を総合的に考えての決断に至った。》(国枝栄『覚悟の競馬論』講談社現代新書)

 調教師の「決断」までの葛藤が手に取るようにわかる。ホースマンとして愛馬のことを考えればこその尊い「決断」だ。部外者がどうこういうことではないし、凱旋門賞に出ていなくても最強馬なのかもしれない。逆に、その時代の日本最強馬でなくても、凱旋門賞に出ているケースもある。

 アーモンドアイが出ていれば、と日本の競馬ファンは痛切に思った。調教師も《本音を言わせてもらえば、アーモンドアイを凱旋門賞に出走させてあげたかった》(同上)。勝ち負けになる日本のGⅠレースに背を向けてでも出走したいのが凱旋門賞なのに、それが果たせなかった無念が伝わってくる。

 もちろん、馬には自分が凱旋門賞に出たのだという自負はないし、出ていないという負い目もない。凱旋門賞に出た馬の方が強いということもないのだろう。しかし、武豊という騎手は誰よりもその重みを知っており、角居勝彦という調教師もまた最高の目標として意識し、2度にわたってその舞台を踏んでいる。

関連キーワード

関連記事

トピックス

今季から選手活動を休止することを発表したカーリング女子の本橋麻里(Xより)
《日本が変わってきてますね》ロコ・ソラーレ本橋麻里氏がSNSで参院選投票を促す理由 講演する機会が増えて…支持政党を「推し」と呼ぶ若者にも見解
NEWSポストセブン
白石隆浩死刑囚
《女性を家に連れ込むのが得意》座間9人殺害・白石死刑囚が明かしていた「金を奪って強引な性行為をしてから殺害」のスリル…あまりにも身勝手な主張【死刑執行】
NEWSポストセブン
失言後に記者会見を開いた自民党の鶴保庸介氏(時事通信フォト)
「運のいいことに…」「卒業証書チラ見せ」…失言や騒動で謝罪した政治家たちの実例に学ぶ“やっちゃいけない謝り方”
NEWSポストセブン
球種構成に明らかな変化が(時事通信フォト)
大谷翔平の前半戦の投球「直球が6割超」で見えた“最強の進化”、しかしメジャーでは“フォーシームが決め球”の選手はおらず、組み立てを試行錯誤している段階か
週刊ポスト
参議院選挙に向けてある動きが起こっている(時事通信フォト)
《“参政党ブーム”で割れる歌舞伎町》「俺は彼らに賭けますよ」(ホスト)vs.「トー横の希望と参政党は真逆の存在」(トー横キッズ)取材で見えた若者のリアルな政治意識とは
NEWSポストセブン
ベビーシッターに加えてチャイルドマインダーの資格も取得(横澤夏子公式インスタグラムより)
芸人・横澤夏子の「婚活」で学んだ“ママの人間関係構築術”「スーパー&パークを話のタネに」「LINE IDは減るもんじゃない」
NEWSポストセブン
LINEヤフー現役社員の木村絵里子さん
LINEヤフー現役社員がグラビア挑戦で美しいカラダを披露「上司や同僚も応援してくれています」
NEWSポストセブン
モンゴル滞在を終えて帰国された雅子さま(撮影/JMPA)
雅子さま、戦後80年の“かつてないほどの公務の連続”で体調は極限に近い状態か 夏の3度の静養に愛子さまが同行、スケジュールは美智子さまへの配慮も 
女性セブン
場所前には苦悩も明かしていた新横綱・大の里
新横綱・大の里、場所前に明かしていた苦悩と覚悟 苦手の名古屋場所は「唯一無二の横綱」への起点場所となるか
週刊ポスト
医療的ケア児の娘を殺害した母親の公判が行われた(左はイメージ/Getty、右は福岡地裁)
24時間介護が必要な「医療的ケア児の娘」を殺害…無理心中を計った母親の“心の線”を切った「夫の何気ない言葉」【判決・執行猶予付き懲役3年】
NEWSポストセブン
近況について語った渡邊渚さん(撮影/西條彰仁)
渡邊渚さんが綴る自身の「健康状態」の変化 PTSD発症から2年が経ち「生きることを選択できるようになってきた」
NEWSポストセブン
昨年12月23日、福島県喜多方市の山間部にある民家にクマが出現した(写真はイメージです)
《またもクレーム殺到》「クマを殺すな」「クマがいる土地に人間が住んでるんだ!」ヒグマ駆除後に北海道の役場に電話相次ぐ…猟友会は「ヒグマの肉食化が進んでいる」と警鐘
NEWSポストセブン