緊急事態宣言の発令に伴い、外出自粛などを呼びかける大阪府のちらし(イメージ、時事通信フォト)
コロナ騒動直前の一昨年頃には、多忙ではあるが先の見えない仕事と、自身の将来を悲観し続けたことで精神的にダウンした。別に住む場所や食べ物に困っているわけではなかったが、周囲と比較した時、結婚もしておらず子供もいない自分がひどく惨めに思えたのである。
「同級生は、すでに課長になっているような年代。私も会社では部下をまとめる立場でしたが、将来性が圧倒的にない。世の中が好景気だろうが不景気だろうが仕事の増減もなく、私のように家庭もなく、中途半端な年齢の社員はリストラの対象だとも言われていて、鬱状態に陥りました」(小川さん)
ところが、世の中がコロナ禍に見舞われると、小川さんの心境は一転。心のモヤモヤが晴れたという。どういうことか。
「飲食店を何件も経営していた友人が会社を潰したり、一流大学を出て一流会社に勤めていた同級生がSNSにコロナを悲観する書き込みをしていたりしました。それまで、SNSも友人の自慢話ばかりで見てもいいことはありませんでしたが、彼らが苦しいと訴える書き込みを見ると安心できました。ニュースもコロナコロナ、失業者が増えた自殺が増えたという報道を見て、自分以外の人たちが一斉に不幸になっている様子が、すごく心地よかった」(小川さん)
大手企業や商業施設が軒並み休業に追い込まれる中でも、小川さんの仕事が減ることはほとんどなかった。
「将来、何か大きく開ける希望はないですが、絶対に無くならない仕事だと気がつきました。2回目の緊急事態宣言で、いよいよ会社の経営が傾きそうだ、なんて言っている同級生を見ると、この状態がずっと続いてほしいとすら思います。努力しても夢は叶わず、努力しなければ世の中は自分より高いところに上がっていく。ここにきて、世の中が勝手に自分の方に落ちてきたというか。『グレート・リセット』ではないでしょうか」(小川さん)
持続性がある社会を目指して、もっと公平な未来を目指して現状を見直す「グレート・リセット」が、2021年世界経済フォーラムの年次総会、ダボス会議のテーマだ。そのテーマには、企業は株主のためだけでなく、社会も含めたあらゆる利害関係者のために活動すべきという考え方の転換も含まれているのだが、小川さんが言わんとするのはいわゆる「ガラガラポン」の意味での「リセット」。頑張った人もそうでない人も、全てが「一からやり直し」の状態になることを歓迎し、より自分が卑屈にならずにいられる世界を待ち望んでいるのである。