「いまと違って私のころはまだ離婚が珍しかったので、子供にとってはやっぱり大変でした。考えなくていいことまであれこれ考えちゃいましたね。
いま親の離婚を経験している子供たちや、子供時代の私にも、大丈夫だよ、と言いたい気持ちがあります。親のことは親のこと、自分は自分の人生を生きようよ、って」
人生で、ふがいない男に出会うことが多かった
小説に普遍性を持たせるため具体的な地名や年代は書かなかったそうだが、描きこまれた細部から、由紀子が智晴を産んだのはおそらく1980年代。智久の実家は北関東で縫製工場を営んでいるが、工賃の安い海外の工場に仕事を奪われるようになる。
結婚して家族の一員としてミシンを踏んでいた由紀子は産後、仕事を失い、智久もタクシー運転手になる。時代の波が、家族のありかたを否応なく変えていくのだ。
家族を支えるため、由紀子が見つけたのが駅の売店の仕事だ。失敗を重ねながら一つひとつ覚えていく、仕事の手順がリアルだ。
「売店のことは私の母に取材しました。母は、離婚したあと東武東上線の駅の売店でずっと働いて、再婚もして、お金を貯めてマンションも買ったんです。売店のことを書きたいので話を聞かせて、と頼んで、電話でずいぶん細かいことまで聞きました。店の内側はものすごく狭いことや、おつりの計算が大変だったこと、朝早いことや嫌なお客さんがいたことなんかも話してくれました」
執筆には、担当編集者の貢献も大きかったそうだ。
「彼は群馬県の出身で、ご両親は縫製工場をやっていらしたので、設定にそのまま使わせてもらいました。彼には双子の弟がいて、お母さんからは子育ての大変さもうかがいました。私の子育ては男の子一人だったので、男の子三人を育てるのがどんなことになるのか、お話を聞いて初めて知ることも多かったです。お父さんの浮気は、もちろんフィクションです(笑い)」
ブラジル人の子が同級生にいた、という担当編集者の話は、智久の再婚相手となるタイ人女性の娘と同級生になる、という設定にいかされた。家族を捨てた父に反発していた智晴だが、やがて、父が再婚した相手の家族ともゆるやかなつながりを持つようになる。
智久と由紀子は、智久の浮気からほころびを見せはじめ、夫婦は離婚する。原因をつくった智久が、単なる悪人やダメ人間ではなく、口数は少ないが内側にはさまざまな思いがあり、彼には彼の人生がある、と描かれているのも印象に残る。