国際情報

「シン」と「重光」 ロッテ創業者・重光武雄の生涯

30代の頃の重光武雄氏。長男・宏之(左)、次男・昭夫を腕に(宏之氏提供)

30代の頃の重光武雄氏。長男・宏之(左)、次男・昭夫を腕に(宏之氏提供)

 今年に入りソウル地裁が慰安婦訴訟で日本政府に賠償を命じるなど、韓国では「反日」の動きがいまだ収まらない。かつてないほど冷えきった日韓関係を回復する手立てはもう存在しないのか──。

 解決の糸口を探るには、両国の戦後の歩みを詳しく知る必要がある。その際に避けて通れないのが、裸一貫から巨万の富を築き、両国間でフィクサーとして暗躍した経営者の存在だ。気鋭のジャーナリスト・西崎伸彦氏が、週刊ポストの集中連載で日韓裏面史を克明に描く。(文中敬称略)

 * * *
 人間に表と裏があるように、歴史にも華やかな表舞台と年表には載らない裏面史がある。

“戦後最悪”と言われるほどに拗れた日韓関係を紐解くと、その節目には必ず両国のパイプ役となる大物の存在があった。彼らは表の外交交渉ではなく、バックチャンネルで蠢き、1965年の日韓国交正常化や韓国の経済成長である“漢江の奇跡”の礎を築くために奔走した。

“昭和の妖怪”と畏れられた岸信介元首相の懐刀だった「国策研究会」の矢次一夫、歴史研究者でありながら日韓のフィクサーとして暗躍した崔書勉、暴力団「東声会」を率いて日韓の裏社会を生きた町井久之……。

 そしてもう一人、日韓裏面史を語るうえで欠かせない存在がロッテの創業者、重光武雄だ。

 重光は日本統治下の1922年に韓国で生まれ、十代で海峡を渡り、戦後の1948年に日本で菓子会社「ロッテ」を設立。やがて祖国に“凱旋”し、日韓を跨ぐ総資産約9兆円の企業グループを作り上げた。日本でロッテは老舗の菓子メーカーとして知られるが、韓国では流通、石油化学、建設、ホテル、レジャーなどをカバーする一大財閥だ。

 重光の元側近で、ロッテ球団の代表も務めた松尾守人が語る。

「重光さんはマスコミ嫌いで、自分について多くを語らなかった。ただ、彼が日韓のパイプ役として果たした役割は非常に大きかったと思います。一時は親韓派を中心に20数名に及ぶ日本の政治家に多額の寄付をしていました。その一方で母国を愛し、日韓国交正常化の交渉過程では韓国側の一員として会合にも立ち会っています。彼と一度、日韓の補償問題について話したことがあるのですが、『立場上、韓国側で話はしたよ。ただ、僕は日本の事情も分かるから、折り合いがつく金額で話をしたさ』とだけ語っていました」

 重光の“政商”としての人脈は幅広かった。それを象徴するのが東京・赤坂の通称“コロンビア通り”に面した12階建てのヴィンテージマンションだ。重光一家は1970年ごろ、ここに居を構えていたが、その上階にはロッテに縁の深い二人の大物が住んでいた。一人は岸元首相の筆頭秘書だった中村長芳。彼はのちにロッテが球団を買収した際のオーナーとなる。そして、東京タワーを望む12階のロッテ所有の部屋は、1963年に韓国で発足した朴正煕政権で、駐日大使や中央情報部、通称KCIAのトップに就いた李厚洛が別宅にしていた。この人脈が日韓関係に与えた影響については、この連載で後ほど詳しく記していく。

 長い月日を経て日韓に人脈を築いた重光は昨年1月19日、98歳でその生涯を閉じた。

 晩年は決して華やかなものではなかった。2015年から続く二人の息子の経営権争いや一族の不正経理事件でブランドイメージが失墜。韓国では「ロッテは日本企業なのか、韓国企業なのか」という命題を最後まで突き付けられた。

 その重光も鬼籍に入った今、繋ぎ役が機能しなくなった日韓関係は、解決の糸口すら見失ってしまった。しかし、その手掛かりは重光が背負った日韓の相克にこそあるのではないか。

 日本では“重光武雄”、韓国では本名の“辛格浩(シンキョクホ)”という二つの名前を使い分けた男。一体彼は何者だったのか──。

関連キーワード

関連記事

トピックス

解散を発表したTOKIO(HPより)
「城島さん、松岡さんと協力関係は続けていきたいと思います」福島県庁「TOKIO課」担当者が明かした“現状”と届いたエール
NEWSポストセブン
山本アナは2016年にTBSに入局。現在は『報道特集』のメインキャスターを務める(TBSホームページより)
【「報道特集」での発言を直撃取材】TBS山本恵里伽アナが見せた“異変” 記者の間では「神対応の人」と話題
NEWSポストセブン
蝦夷富士という名前もある羊蹄山(イメージ)
《ブローカーが証言》中国人らが日本の不動産取得でもくろむ乱暴な開発計画 「日本の役人は言うだけで実力行使はしないと聞いている」
NEWSポストセブン
寄り添って歩く小室さん夫妻(2025年5月)
《ベビー服は男の子のものでは?》眞子さん、夫・小室圭さんと貫く“極秘育児”  母・佳代さんの「ラブコール」も届かず…帰国が実現しない可能性も
NEWSポストセブン
吉沢亮演じる喜久雄と横浜流星演じる俊介が剣幕な表情で向かい合うシーンも…(インスタグラムより)
“憑依型俳優”吉沢亮主演の映画『国宝』が大ヒット、噂される新たな「オファー」とは《乗り越えた泥酔事件》
NEWSポストセブン
イギリス出身のインフルエンサーであるボニー・ブルー(本人のインスタグラムより)
“半日で1000人以上と関係を持った”美女インフルエンサー(26)がイギリスの公共放送で番組出演「口をすぼめて、吸う」過激ビジュアル
NEWSポストセブン
映画『国宝』で梨園の妻を演じた寺島しのぶ(52)
《無言の再投稿》寺島しのぶ、SNSで2回シェアした「画像」に込められた歌舞伎役者である息子・尾上眞秀への“覚悟”
NEWSポストセブン
元横綱・白鵬の宮城野親方に相撲協会はどう動くか(八角理事長/時事通信フォト)
八角理事長体制の相撲協会に「70歳定年制」導入の動き 年寄名跡は「105」しかないため人件費増にはならない特殊事情 一方で現役力士が協会に残ることが困難になる懸念も
NEWSポストセブン
「池田温泉旅館 たち川」の部屋風呂に「温泉偽装疑惑」。左はHPより(現在は削除済み)、右は従業員提供
「水道水にカップ5杯の重曹を入れてグルグル…」岐阜県・池田温泉「高級旅館」の部屋風呂に“温泉偽装”疑惑 ヌルヌルと評判のお湯の真実は…“夜逃げ”オーナーは直撃に「誰からのリークなの? それ」
NEWSポストセブン
これまでジャズ歌手などとしても活動してきた参政党・さや氏(写真/共同通信社)
参政党・さや氏、歌手時代のトラブル証言 ジャズバーのママが「カチンときて縁を切っちゃいました」、さや氏は「そうした事実はない」…真っ向食い違う言い分
週刊ポスト
もうすぐ双子のママになる。Numero.jpより。
Photos:Mika Ninagawa
中川翔子3年にわたる不妊治療と2度の流産を経験 。 双子の男の子のママになる妊婦姿を披露して話題に
NEWSポストセブン
趣里と父親である水谷豊
《女優・趣里の現在》パートナー・三山凌輝のトラブルで「活動セーブ」も…突破口となる“初の父娘共演”映画は来年公開へ
NEWSポストセブン