自分の本が書店に並んでいるところを見たことがなかった

 作家になるのは子どものころからの夢だった。結婚して子どもが生まれ、専業主婦になったが、忘れていた夢を思い出したのは、好きだった作家の氷室冴子さんの死がきっかけだった。

「私、作家になってこのひとに会いたかったんだよな、って思ったら、自分のことがすごく嫌になってしまって。そのとき、もう一回、本気で小説を書いてみようと思いました」

 子育て中だった町田さんは、幼子を片手で抱え、空いたほうの手で書ける携帯小説のサイトに投稿を始める。投稿仲間の人気作品はどんどん書籍化されていったが、町田さんにはまったく声がかからなかったという。

「携帯小説のサイトにはコメント欄があって、コメントのやりとりを通して仲良くなった友だちが何人かできました。私が面白いな、と思う人はみんなデビューしていくので、しょんぼりしてたら、デビューした友だちが、『あなたは一般の書籍を出している出版社に行ったほうがいいと思うし、もし敷居が高いって感じるんなら、R-18文学賞はどう?』って教えてくれたんです」

 人気作家を輩出する、女性を対象にしたこの新しい文学賞は、ネットからも応募することができると知って、短篇を書いて応募することにした。氷室さんの死から8年後に、みごと大賞を受賞し、作家デビューする。

『52ヘルツのクジラたち』は発売以来、刷を重ね、本屋大賞の候補にも選ばれている。

「九州の田舎に住んでいるからかもしれませんけど、私これまで自分の本が書店に並んでいるところを見たことがなかったんです。棚差しで1冊あったら、『わあ、すごい、記念写真撮りたい』っていうぐらいだったので、『52ヘルツのクジラたち』が平積みになっているのを初めて見たときは感激しました! 気が弱くて読者の感想を検索したりもできなかったんですけど、この本の宣伝のためにTwitterを始めたら、読者から『この本を読めてほんとに良かった』とダイレクトメッセージが届いて、『ああ、私、作家として読者の心を動かす物語を書けたんだな』って、すごくうれしかったです」

【プロフィール】
町田そのこ(まちだ・そのこ)/1980年生まれ。「カメルーンの青い魚」で「女による女のためのR-18文学賞」を受賞。2017年に同作を含む『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』でデビュー。ほかの著作に『ぎょらん』『コンビニ兄弟—テンダネス門司港こがね村店—』『うつくしが丘の不幸の家』がある。

取材・構成/佐久間文子

※女性セブン2021年3月18日号

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