ライフ

【香山リカ氏書評】『「敦煌」と日本人』幻想の投影先の歴史を辿る

『「敦煌」と日本人 シルクロードにたどる戦後の日中関係』著・榎本泰子

『「敦煌」と日本人 シルクロードにたどる戦後の日中関係』著・榎本泰子

【書評】『「敦煌」と日本人 シルクロードにたどる戦後の日中関係』/榎本泰子・著/中公選書/2090円
【評者】香山リカ(精神科医)

 敦煌。この単語を見て、喜多郎が演奏するテーマソングとゴビ砂漠をゆったりと歩くラクダの映像が脳内で再生される人は、おそらくいま50代以上。これは、1980年に始まったNHKの「シルクロード」で培われたイメージだ。

 シルクロードとは中国から中央アジアを経てヨーロッパを結ぶ古代の通商路の総称であり、敦煌はその要所となるオアシスの町。空想の産物ではなく実在の場所だ。

 しかし、敦煌や多数の石窟や壁画は中世から忘れられた存在となり、20世紀になって再発見されるなど、それ自体ロマンをかき立てる存在だ。とくにその仏教美術に関心を持つ日本人は多かったが、長いあいだ敦煌は「行きたいのに行けない場所」として1960年代からシルクロードブームが始まっていた。

 そのため、1972年に日中国交が正常化すると実際にそこを目指す人が増え、NHKの番組で敦煌人気が一気に炸裂したことは言うまでもないだろう。さらに平山郁夫氏のシルクロードへの憧憬をモチーフにした一連の絵画も、ブームの定着に大きな役割を果たした。

 本書では、日本人は「敦煌」をどう“発見”し、愛するようになっていったかが、豊富な資料に基づいて丹念に分析される。そこで浮かび上がるのは、実在の場所であるにもかかわらず、あるときは幻想の投影先として、あるときは日中友好のキーワードとして、常にそのときの日本社会や日中関係の象徴にされ、イメージを揺るがされてきた敦煌の姿だ。

 そしていま、中国との経済関係は良好ながら政治的には対立する場面もある中、若い人のあいだでは敦煌は再び忘れられた存在になりつつある、と著者は言う。ただ、大学で学生に聞くと、いま中国の歴史ファンタジードラマが大量に作られ、ハマる人が続出とか。

 もしかするとシルクロードを舞台にしたラブロマンスが生まれ、新たな敦煌ブームが起きるのかもしれない。それまでのあいだ、本書で「日本人にとって敦煌とは何だったか」をもう一度、おさらいしておくことをおすすめする。

※週刊ポスト2021年5月21日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

WSで遠征観戦を“解禁”した真美子さん
《真美子さんが“遠出解禁”で大ブーイングのトロントへ》大谷翔平が球場で大切にする「リラックスできるルーティン」…アウェーでも愛娘を託せる“絶対的味方”の存在
NEWSポストセブン
ベラルーシ出身で20代のフリーモデル 、ベラ・クラフツォワさんが詐欺グループに拉致され殺害される事件が起きた(Instagramより)
「モデル契約と騙され、臓器を切り取られ…」「遺体に巨額の身代金を要求」タイ渡航のベラルーシ20代女性殺害、偽オファーで巨大詐欺グループの“奴隷”に
NEWSポストセブン
高校時代には映画誌のを毎月愛読していたという菊川怜
【15年ぶりに映画主演の菊川怜】三児の子育てと芸能活動の両立に「大人になると弱音を吐く場所がないですよね」と心境吐露 菊川流「自分を励ます方法」明かす
週刊ポスト
ツキノワグマは「人間を恐がる」と言われてきたが……(写真提供/イメージマート)
《全国で被害多発》”臆病だった”ツキノワグマが変わった 出没する地域の住民「こっちを食いたそうにみてたな、獲物って目で見んだ」
NEWSポストセブン
2020年に引退した元プロレスラーの中西学さん
《病気とかじゃないですよ》現役当時から体重45キロ減、中西学さんが明かした激ヤセの理由「今も痺れるときはあります」頚椎損傷の大ケガから14年の後悔
NEWSポストセブン
政界の”オシャレ番長”・麻生太郎氏(時事通信フォト)
「曲がった口角に合わせてネクタイもずらす」政界のおしゃれ番長・麻生太郎のファッションに隠された“知られざる工夫” 《米紙では“ギャングスタイル”とも》
NEWSポストセブン
イギリス出身のボニー・ブルー(本人のインスタグラムより)
《ビザ取り消し騒動も》イギリス出身の金髪美女インフルエンサー(26)が次に狙うオーストラリアでの“最もクレイジーな乱倫パーティー”
NEWSポストセブン
東京都慰霊堂を初めて訪問された天皇皇后両陛下と長女・愛子さま(2025年10月23日、撮影/JMPA)
《母娘の追悼ファッション》皇后雅子さまは“縦ライン”を意識したコーデ、愛子さまは丸みのあるアイテムでフェミニンに
NEWSポストセブン
将棋界で「中年の星」と呼ばれた棋士・青野照市九段
「その日一日負けが込んでも、最後の一局は必ず勝て」将棋の世界で50年生きた“中年の星”青野照市九段が語る「負け続けない人の思考法」
NEWSポストセブン
2023年に結婚を発表したきゃりーぱみゅぱみゅと葉山奨之
「傍聴席にピンク髪に“だる着”姿で現れて…」きゃりーぱみゅぱみゅ(32)が法廷で見せていた“ファッションモンスター”としての気遣い
NEWSポストセブン
女優の趣里とBE:FIRSTのメンバーRYOKI(右/インスタグラムより)
《趣里が待つ自宅に帰れない…》三山凌輝が「ネトフリ」出演で超大物らと長期ロケ「なぜこんなにいい役を?」の声も温かい眼差しで見守る水谷豊
NEWSポストセブン
松田聖子のモノマネ第一人者・Seiko
《ステージ4の大腸がんで余命3か月宣告》松田聖子のものまねタレント・Seikoが明かした“がん治療の苦しみ”と“生きる希望” 感激した本家からの「言葉」
NEWSポストセブン