最期を迎えたい場所・受けたい治療行為
長尾医師は病院勤務医時代に苦しみながら最期を迎える患者を数多く見てきた。
「現在、多くの大病院や急性期病院では高齢の終末期患者に1日約2リットルの栄養剤を注入します。その結果、心臓や肺に大きな負担がかかり、心不全や肺水腫による呼吸困難が生じてもがき苦しみます。つまり、ベッドの上で“溺れながら”管だらけになるのです」
長尾氏の言う“栄養剤”とは「高カロリー点滴」を指す。過剰な量の点滴を受けた遺体は「むくんでずっしりと重い」と長尾氏は言う。
「日本は国民の8割が“ベッドの上で溺れ死に”している国です。がんでも老衰でも医者が患者の痛みや苦しみを作り出しているのですが、気がついていないのです」(長尾医師)
自宅で死にたいけれど
一方、自然に脱水しながら死んでいくことを長尾医師は“枯れて死ぬ”と表現する。「苦しみや痛みが少なく最期まで話せて食べられて、長生きする」という。
「在宅医療の場合、自然な脱水を見守ることができます。脱水は痛みや様々な苦痛を緩和するうえで重要なポイントです。
人間は年齢を重ねるほどに体重に対する水分の含有量は減ります。1日2リットル(2000キロカロリー)もの点滴は、終末期には最悪です。過度な点滴は患者を苦しめるだけ。終末期は自然に任せて緩和ケアに徹する医療がベストです」(長尾医師)
多くの人は“管につながれた最期”を望まない。厚生労働省がまとめた「人生の最終段階における医療に関する意識調査報告書(平成29年度)」では、7割前後の人が「胃ろう」「人工呼吸器」などの治療を望まないと答えている。「最期を過ごしたい場所」として「自宅」と答えた割合は約半数を占める(末期がんの場合)。
しかし、政府統計によると、実際には日本人の約80%が病院や施設で最期を迎えている(別掲図参照)。理想と現実には乖離があるのだ。
患者本人が望まなくても、家族が“少しでも長く生きていてほしい”と願い、延命治療を選択してしまうことは少なくない。
思い違いもあるだろう。前掲の厚労省の意識調査報告書では、約半数の人が最後に受けたい治療として「点滴」を挙げているが、それが長尾医師の指摘したように“溺れ死に”につながるリスクがあるものだと理解している人は多くないはずだ。
また、冒頭で鳥居氏が話した通り、“枯れる死”も周囲からは本人が苦しんでいるように見える場合がある。いくら看取りをする医師に、「本人は苦しんでいないので、そのままにしたほうがいい」と言われても、家族には最期を迎える人の苦しみは分かりようがない。「やっぱり病院で処置をしてあげてほしい」と後から家族が言い出すこともあるだろう。
そうした状況で惑わないためには、どうすればいいのか。
