小笠原医師の在宅医療チームでも過去に持続的深い鎮静を行なうか検討されたケースがあった。
他の部位に転移するなどしてつらい入院治療を続けていた70代の末期がん女性は、病院を緊急退院して在宅ホスピス緩和ケアに切り替えたことで“笑顔でピース”ができるほど穏やかに過ごしていた。しかし、モルヒネの投与量が足りず、次第に痛みが増してきた。
取り乱した女性の夫に対し、持続的深い鎮静を提案する医師もいたが、小笠原医師が夫に説明して、モルヒネの量を増やし、夜間セデーションを施すと苦痛が緩和された。するとぐっすりと眠れて、穏やかな気持ちで過ごせるようになり、女性の最期の言葉は「ありがとう」だったという。
「どうすれば質の高い旅立ち『QOD(クオリティ・オブ・デス)』が叶うのかを考える必要があります。そうすれば、旅立つ人も見送る人も心穏やかに過ごせるはずです」
小笠原医師は、“過剰な終末期医療”を問題視する。その犠牲とならないために実施しておくのがよいと推奨されているのが、家族会議「ACP」(アドバンス・ケア・プランニング)だ。
「患者や家族、医師、訪問看護師、ケアマネジャーなどと事前に話し合い、『延命治療をするかしないか』『救急車を呼ぶか呼ばないか』『誰に電話をするといいか』などをあらかじめ決めておくのです。患者本人の願いを尊重することが、QODを叶える近道だと思います」(小笠原医師)
穏やかな最期を迎えるには、患者と家族、医師の意思疎通が重要となる。では、どのように希望する最期の過ごし方を伝えればいいのか。
「リビング・ウイル」の残し方
ACPと同様に、意思を表明できるのが「リビング・ウイル(終末期医療における事前指示書)」だ。日本尊厳死協会事務局次長の江藤真佐子氏が語る。
「どう死にたいかではなく、“人生の最期をどのように生きたいか”を考えるのが『リビング・ウイル』です。終末期にどんな医療を選択するかを書面に残し、最期まで自尊心や尊厳を持って生き抜くことが大切だと我々は考えています」
日本尊厳死協会のHPには「終末期の延命措置の拒否」「苦痛を和らげるための緩和医療の実施」「持続的植物状態での生命維持措置の取りやめ」の3項目の意思表示を柱としたリビング・ウイルの原本がある(別掲表参照)。
「この3か条に同意できる方が日本尊厳死協会に入会登録すると、書面が協会で保管され、会員証で意思表示ができます。ただし、会員外の方が原本を参考に自分なりの書式で書類を作っても構いません」(江藤氏)
エンディング・ノートをつけているなら、「私の最期について」などの欄に「延命治療を希望するか」といったことを書き残せるはずだ。
その場合、「最期にどこで誰と過ごしたい」「どういう治療をされたい・されたくない」といった事項をなるべく詳細に記入するのが望ましいという。
準備は早めに進めておくのがよいと江藤氏は続ける。
「死期が近くなってからでは、気持ちの余裕がなくなり冷静に書けなくなることが多い。意思を表示する書面は思い立ったらすぐに作成しましょう。1回書いて終わりではなくて、誕生日やお正月などの1年の区切りに見直すことが重要です」
元気なうちに自分の生き方と真正面から向き合うことが必要だ。それが、家族にとっても自分にとっても「幸せに死ぬ」ことにつながる。
※週刊ポスト2021年5月28日号