他の引退力士たちの事情も同様だ。一昨年の9月場所で引退した元関脇・嘉風は、当初は昨年10月3日に引退相撲を予定しており、ポスターやパンフレットも制作していたが、無期延期となった。昨年1月場所で引退した元大関・豪栄道は今年1月31日に予定していた引退相撲が、6月5日に延期となり、それがさらに来年1月場所後まで「再延期」された。2年以上も髷がついた状態での親方生活を送ることになる。
「髷は手入れが大変。洗髪は週1回程度しかできないため、毎日、鬢(びん)付け油で手入れをしないといけない。油代が月に5000円程度かかるうえ、常に部屋に顔を出して、床山に手を入れてもらう必要がある。寝る時には枕カバーが油でベトベトになるし、匂いも凄いから苦労は多い」(若手親方)
そんなに苦労が多いのであれば、無観客でもいいからさっさと髷を切ればよいのでは、という気もするが、そうはいかない理由があるという。昇進パーティや優勝祝賀会など、角界には“ご祝儀集め”のイベントがいくつもあるが、引退相撲(断髪式)は最後の集金パーティとなるからだ。
「断髪式では、後援者たちが土俵上で大銀杏にハサミを入れていくが、その舞台に立つうえで10万~100万円といわれる祝儀を包むことになる。それに加え、力士会が無償で協力してくれる引退相撲での入場料が、引退した力士の収入となる。これらの資金が、引退後の人生設計を考えるうえでの元手となるわけです。
たとえば、元・豪風の断髪式は300人がハサミを入れ、客席はほぼ満員となる9000人のファンで埋め尽くされた。桝席が1人1万円、椅子席が1人5000円で、これに5000円の土産をつけたチケットとして購入する人が多く、数千万円を集金できた計算になる。引退相撲の収入については、餞別代わりということで親方もピンハネをしないのが慣例。元・豪風は来春に墨田区で部屋を興す予定なので、その資金に回すことになると考えられるが、年寄株取得のための資金に充てる親方も少なくない。協会は無観客でもNHKの放映権料が入るが、引退相撲は無観客や入場者数制限があると赤字になってしまう。コロナ禍で延期する引退力士が相次ぐのはそうした事情がある」(相撲担当記者)
髷をつけた親方の“大渋滞”の列はどんどん長くなっている。チロルチョコの「断髪前親方セット」が箱に入りきらなくなる勢いである。